第4話「偽物の街」
目を覚ましたアイは時計を確認する。夕方、5時ごろ。作り物の空に浮かぶ
太陽が沈み始め、空が橙色に変化していた。律義にそんなところまで本物の
空に似せようとしている。よく寝た、自分が思っている以上に寝ていなかった
らしくプツンと糸が切れた人形のように倒れ込み、寝てしまった。誰かが
恐らくここまで運んだのだろう。重いのに申し訳ない…。
「起きたか。こう言うのも難だがおはようさん」
「あぁ…もしかして、運んでくれたんですか?」
「一応ね。あのまま放置なんて出来ないだろ」
「はぁ…申し訳ないです。何時もだったら、寝たりしないんだけどなぁ…」
気恥ずかしくなり、落ち込むアイにREDTAILのメンバーの一人、リューズ。
「リーダーがここで働いていいってよ。仕事内容は後々に教えるから、今は
ゆっくり休め」
「えぇ?でもそれは悪いです」
「疲れてるから眠くなるんだろ。そんな状態で働かれても、こっちも迷惑だ」
「うっ、正論だから言い返せない…!」
リューズの正論で納得したアイ。この部屋を借りることが出来るらしい。
今日一日は休むこと。そう言われてしまってはすることは何もない。ベッドの
近くにはカバンも置かれている。中身、見られてたら恥ずかしいな…。
ちょっと趣味に走ってる絵も多いし…。リューズが部屋を出て行った。
部屋を探索してみる。必要最低限の設備がされている。文句は言えない。
言うつもりもない。でも見たところ風呂は無いようだ…。
「(ちょっと嫌だな…お風呂には入りたい…だけど聞くのは)」
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、だが異性に風呂場は何処かと聞くのは
気恥ずかしい。皆さん、お風呂はどうしてるんですか?言えるか!!
脳内で独り言をブツブツと言っているときにノックする音が聞こえて
返事をした。名前をヒナタというらしい。随分と礼儀正しい青年だ。
「もう起きていて大丈夫なんですか?全然眠っていても大丈夫ですが…」
「いや、これ以上寝たら本当に体内時計が狂いそうだから。それよりも
ありがとう。リューズさんにも言っておいて。小さい子どもならまだしも、
こんなデカイ奴を運ぶのは重労働でしょ」
「重労働だなんて。大丈夫ですよ、そういえばアイさんは絵描きの仕事を?」
ヒナタは視線を落とした。その先にはアイのカバンがある。中にはスケッチブックも
入っている。もしかしたら中身を見たのかもしれない。
「絵描き…の見習い、かな?元の時代に戻ったときの為に、ここの風景は
描いておかないと。それに、良いものが描ける気がする。漫画家って知ってる?」
そう尋ねると彼は首をひねっていた。漫画家という職業も廃れているのだろうか。
「作家と同じようなもの。作家は文字で物語を作るけど、漫画家は絵で
物語を作る。元々絵を描くのは好きだから、ほんの一握りの人しか稼げないけど
やりたくて…。今の出来事ならきっと受けるはず!」
「夢、なんですね?」
「まぁね。大層な夢じゃないけど、運が良ければ」
ヒナタはアイに彼女が描いた絵を見せて貰う事が出来た。彼女の絵は
現実的な風景ではなく、何処か浮世離れ、幻想的な風景画。そして人の絵画だ。
「?この描きかけの絵は?」
「あっ、それはぁ~…」
アイが目を泳がせる。言いにくい絵。改めてヒナタは絵に目を向ける。顔の
パーツはほとんど描かれていない。体の方は全て描かれている。服装から
考えるに…。
「これはリューズさんですか…」
「本人には内緒だよ?バレたら変態扱いされかねない…!」
「大丈夫ですよ、言いません」
「そういえば、このビル凄く高いですよね。何階建てですか?」
ヒナタが言うには八階建てらしい。REDTAILは基本的に非武装の用心棒組織だ。
危険が伴う用心棒という仕事を彼らは素手で行って来た。守護の能力を以て、
自分たちの格闘能力を底上げして戦い続ける。トレーニングルームまでも
存在するという。加えてメンバーそれぞれの部屋もある。
「武器は使わない、か…敵の血も一滴も出させないってことかな。なるほど~」
「そう言いながら、メモを取ってる。それは何のため?」
「設定の為」
「設定?」
「漫画の、ね」
夕食の時間となると全員が同じ部屋に集まって来た。食料も培養モノが多いらしい。
本物の食べ物はほとんど出回ることが無い。味も触感も本物と変わらないのに、
培養モノ。呆れたような顔をしながら食べるアイの様子を全員が注目していた。
「…恥ずかしい…」
「いやぁ、そんな顔で食べる奴なんていねえからさ。そんなに培養モノは珍しいか」
「どんな野菜も必ず何処かの畑で作られてる、例外もあるけど。でも基本的に畑で
作られてるし、魚は海を泳いでいるところを捕まえて捌かれてる。豚肉も鶏肉も
牛肉も動物を殺して人間が食べる。それが普通だから、味も触感も見た目も
ソックリな培養って食べてて凄いモヤモヤするんだよ、私は」
パクリと一口、白米を食べて飲み込んでからアイの話は更に続く。
「そもそも100年でこんな進むんだね。ちょっと進み過ぎじゃね?」
「未来ことは誰にも分かりませんからね。それに、もしかしたら分岐して別の
未来を辿ることだってあるかもしれませんよ」
「パラレルワールドって奴ね」
アイは過去の人間。過去からこの未来に続く途中には分岐点があるはずだ。
もしも、ここに辿り着く未来とは違う選択をしていたら?この未来は
有り得ない未来だったかもしれない。偽物が多く存在する見せかけの
東京に未だ存在する本物が溢れる東京を知る過去の人間は今、この東京の
六本木で戦い続ける者たちと共にいた。それを監視する者がいた。
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