第2話「渋谷→六本木」

探偵という職業はこの時代では旧時代染みている、つまり時代遅れな職業と

捉えられている様だ。アイの時代では探偵という存在こそあるにはあるが

頼ることは滅多にない。ペット探し、もしくは愛人の浮気調査を頼んだり。

依頼が無い今日。


「おぉ、繋がった~!」


インターネットにつなぐことが出来たスマホとiPad、そして学校で購入

させられたペンタブ。ペンタブだけで絵を描き、作品を作ることが出来る。

漫画・イラストレーター専門をアイは選んでいたのだ。


「なんかごめんね。こっちが世話になってるのに、無理言っちゃって」


今はペンタブは握らず紙に鉛筆を走らせていた。モデルはナインだ。

何度も彼の顔を注意深く見ながら鉛筆で顔を描く。


「どうせ暇だから、大丈夫だ。だが少し恥ずかしいな」

「大丈夫。ちゃんとカッコよく描くから」

「そういう意味では…」


顔の大まかな部分は描き終えた。徐々に出来上がる相手の顔。鉛筆を置いて

完成を告げた。アイは大きく体を伸ばした。


「これは、ナインの似顔絵かな?凄く似ているよ。本物そっくりだ」


覗き込んだルーファスは驚嘆する。ナインも自分の似顔絵を見て驚く。

特徴を掴んで描かれた自分の顔を見るのは気恥ずかしい。


「学校の課題でね。一人一作、作品を作るんだよ。まだ私は何も

手を付けてなかったから…もしも帰ることが出来たら、この事を

モデルにした作品にしようって」


突然100年後にタイムスリップした人間、100年後の人間達と出会い

彼らと共に元の時代に戻る方法を模索する。過去に行く話はよく

見かけるが未来に現代人が行くという話はあまり見たことがない。


「それで、僕たちをスケッチしていたんだね」

「実際に起こった出来事を忠実に再現しようと…これは多分、腐女子

夢女子が集まる!」


何を言っているのかサッパリ分からないルーファスとナインは揃って

首を傾げていた。その絵のレベルは非常に高い。渋谷、と言っても

元より都会だというのにこの時代は更に先進的な都市となっている。

アイが調べ始めていたのはこの100年後の時代についてだ。辿れるだけの

時代を辿るが100年前、ハッキリと探すのは難しそうだ。


「そういうのは、専門家に聞いてみるのはどうかな?」

「歴史家…とか?」

「考古学者さ。大嵐が来る前の時代についても彼は調べていたはずだからね。

この四階のすぐ下、三階に行ってみると良いよ」


そう言われて三階に向かった。雑居ビルは四階建て、一階、二階は何があるか

まだアイは把握していない。三階はルーファスと顔見知りの考古学者の

部屋らしい。公私両方で使っている部屋。ドアノブに手を掛けた時、すぐに

手を離した。危ない、他者の家だというのにノックも無しに入るのは不作法。

ノックをしてから扉を開いた。緋色の髪の男がそこにいる。


「ルーファスから聞いてるよ。100年前から来た、アイ…で合っているか?」

「そうです。2022年から来たアイ、です」

「俺はビアンカ、よろしく。会えて光栄だよ、何せ直接100年前の事を

聞けるんだから」

「そんな…光栄だなんて。私、少なくともこの18年間で偉大な事はしてないから」

「それでもさ。俺にとっては100年前の人間は実際に会うことが出来ないはずの

存在だからな。それで大嵐が来る前の話を聞きたいんだってな」


ビアンカも不明な点が多いという。アイがいた2022年から嵐が来た8年前。

つまり2115年の間の歴史は曖昧だ。この東京は建物だけでなく情報すらも

偽物で溢れているため断定するのが難しいらしい。


「だが嵐が来る前は東京都以外にも町はあり、そこに人は住んでいた」

「じゃあ、東京以外の全部が消えたの!?」

「そうとも言われているし、まだ残っているとも言われている。本当に

曖昧なんだ。東京はドーム状の防壁で覆われている。外に出たことがある

人間もいない。君の時代は?」

「東京都以外にも46の県がある。日本は47都道府県で東京都は日本の首都。

学校でも都道府県と県庁所在地の名前を覚えさせられたよ。北海道、東北、関東

中部、近畿、四国中国、九州、沖縄…だったかな」

「そうか。良かったら他にも話を聞かせてくれるか」

「良いですよ」


それから暫く話し込んでいた。結局、嵐の正体やら嵐以前の話はあまり

聞くことが出来なかった。偽物だらけということもあって本物の歴史を

発見するのが難しいらしい。


「あ、そうだ」


出て行こうとしたアイがふと足を止めて振り返った。


「ビアンカさん、少し私に協力してください。30分だけ」

「?構わないが、何をするんだ?」

「実は漫画を作って、否、作ろうと思ってまして…ルーファスさんとナインさんも

勿論描きました!」


と、頼み込んでキッチリ30分で絵を仕上げてから戻った。

再び彼女は四階に戻って来た。探偵事務所内の窓から外を見る。ネオン管が使われた

看板が多数存在している。比較的高いビルが立ち並んでいる。パソコンを

開いていると気になるものが目に入った。この時代のネット広告、掲示板。


「六本木…」

「それに興味があるのかい?」

「少し気になって」

「六本木は富裕層が多いんだよ。気になるのなら、行っても構わないよ。

そこまで送って行ってあげるから」

「そんな!そこまでしなくても…」


ルーファスの言葉にアイは拒絶する。世話になっているのに、さらに世話に

なるのは…。


「だが、富裕層の中には何か知っている者もいるかもしれないぞ。それに

暫くはこの東京にいることになるだろうしな」


ナインが運転する車で、このネット広告に書かれている場所付近にやって来た。

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