第34話 不穏な気配





 華崎と、未来を歩んでいけるかもしれない。そう思うようになった。

 彼の腕の中が嫌ではなく、むしろ安心感がある。

 これはもう、俺も華崎が好きということでいいのではないか。


 一緒にいると家族のように思えて、落ち着く理由が他にあるとするならば逆に教えてもらいたい。

 呆気なさや早さはあるが、人の気持ちは移りゆくものだ。自分でもコントロール出来ない。


 問題は、いつこれを伝えるかである。華崎なら、いつ言っても受け入れてくれそうだが、それでは自分が許せない。

 受け入れるなら、最終的には結婚に行きつくのだから大事にしたい。


 いつ言おうかとタイミングを見計らっていた頃、突然華崎が休みが欲しいと申し出てきた。


「休み? 華崎はよく頑張っているし、ゆっくり休んでもらいたいから構わないが。二週間なんて珍しいな。どこかに行くのか?」


 定期的な休みは当然とっていたが、連続して休みをとるのは珍しい。というよりも今まで無かった。詮索するつもりはなかったけど、気になって質問してしまった。

 すぐに答えてくれるかと思ったが、華崎は視線をそらす。


「実家の方で少し用事がございまして……大したことではありませんが……」


 嘘をついている。直感的に思った。

 なにか後ろめたいことがあって、視線を合わせようとしない。しかし、その理由が分からなかった。

 実家に帰るのはおかしなことではない。向こうでゆっくりしたいと、連休をとるのも普通だ。

 それなのに後ろめたく感じているというのは、ただ単純に帰るだけではないのだろう。


「一応確認したいのだけど、二週間後には帰ってくるよな?」


「もちろんです!」


 もしかして、そのまま帰ってこないのか。まっさきに、その考えが頭に浮かんだ。

 大丈夫だと思いつつ、どこか不安なので尋ねると、すぐに否定した。

 考える暇もないぐらいの早さだったから、嘘やごまかしは無さそうだ。


 いつの間にか止めていた息を吐くが、まだ安心は出来ない。それなら何を隠しているのだろう。俺が聞いてもいいのだろうか。踏み込まれたくないことだったらどうしよう。

 嫌われたくなくて聞くことが出来ず、俺は言葉が出なくなった。


「……そ、か。さっきも言ったように、休みをとるのに反対する理由はない。ゆっくり休んでくれ」


 俺が何も聞かないと分かると、明らかに華崎は安堵した。その反応に、俺の胸が痛んだ。顔が見られなくなって、そっと目をそらした。


「感謝致します。二週間後には必ず戻りますので、安心して待っていてください」


「……ああ」


 そう言った華崎が笑いかけてくれたけど、俺は顔がひきつってしまうと分かっていたから、返事だけしかしなかった。



 ◇◇◇



「……こんなに広かったか?」


 華崎が実家に帰って、一日。俺はもう寂しくなっていた。

 いつも華崎は傍にいて、顔を合わせない日なんて一度もなかった。いることに慣れきって、傍にいないのが耐えられない。こんなに弱かっただろうか。自分でも、今の状態が信じられない。


「重症だな」


 こんな思いをするのなら、さっさと気持ちを伝えれば良かった。そうすれば……。


「ついていけたってか? ……一人になるために帰ったのかもしれないのに」


 本当に帰ってこなかったらどうしよう。絶対に帰ってくると言っていたけど、あちらにいるうちに気が変わるかもしれない。

 こんな子持ちの愛想の欠けらも無い男より、魅力的な人はたくさんいる。俺への気持ちがなくなっていたら、いくら返事をしたところで手遅れだ。

 考えれば考えるほど、良くない方向に思考が進んでいく。これは良くない流れだ。自分でも分かっているのに止められない。


 こういう時、いつもは溜めに溜めて我慢していた。吐き出せなかった。我慢して見ないふりをして、思い出さないように蓋をしていた。


 しかし今は、落ち込んでいるのをすぐに気がつく存在がいる。


「……ぁい?」


 俺の腕の中で寝ていたはずだった誠一が、必死に顔に手を伸ばしてくる。届くように顔を近づければ、頬にふくふくの手が触れた。猫の肉球みたいに柔らかくて、それを何度も押し付けてくるから至福である。


「そうだよな。こんなこと考えていたって、どうしようもならないよな」


 ネガティブな方向に考えるのは、俺も悪い癖だ。直したいが、長年の性格なのでそう簡単には変えられない。

 しかし、それだと誠一が心配したままになってしまう。今だって俺の顔に手を押し付けながら、様子を窺っているみたいだった。

 こんな小さい子に気を遣われるなんて、大人失格だ。親としても情けない。

 反省するが、誠一が望んでいるのはこういうことじゃない。


「そうだな。華崎が帰ってくるまでの間に、俺の名前を呼べるようにしようか。帰ってきた時の、華崎の悔しがる顔が楽しみだな」


「んまっ!」


 どうやら正解だったらしい。悪い顔で悪い計画を立てれば、誠一は満足そうに頷いた。

 寂しがっているよりも、帰ってきた時に一番に出迎えられるように待っていよう。そう考えると、二週間なら乗り切れる気がしてきた。


「ありがとう。誠一」


 頬を擦り寄せれば、きゃっきゃとご機嫌な笑い声が聞こえる。


 俺はそれから二週間、華崎を待ちながら誠一に言葉を覚えさせていた。まだはっきりとでは無いが、もうすぐ俺の名前を呼びそうな気配がある。きっと華崎は悔しがりながらも喜んでくれる。楽しみだ。


 しかし待っている俺を嘲笑うかのように、二週間後華崎は帰ってこなかった。






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