第35話 帰ってこない




 華崎が帰ってこない。

 二週間という期限から、もう二日も経っている。絶対におかしい。

 帰ってくると約束したのに。それなのに何の連絡もなしに、帰ってくる気配もない。


 一昨日は、屋敷の玄関で華崎が来るのを待っていた。何時に帰ってくるか分からなかったから、朝からずっと待っていたのに。

 お昼を過ぎて、他の使用人が中にいるように心配してくれた。しかし家の中に入った途端、華崎が帰ってきたらと思ったら駄目だった。外で待つと言えば、俺が疲れないようにと椅子を用意してくれた。

 夕方になって少し肌寒くなった。華崎の姿は、まだ見えない。俺がずっと待っているのを知った父が、本館から訪ねてきた。


「風邪をひくから中に入りなさい」


「しかし、まだ華崎が……」


 父が何しに来たのかは分かったから、その言葉に首を横に振った。


「連絡をしておくから。華崎も、はじめが風邪をひいたら責任を感じてしまうだろう。いいのか?」


 しかし父の方が上手で、そう諭されてしまえば受け入れるしかなかった。


「絶対に連絡してください。もしかしたら事故にあったのかもしれません」


 俺が出来ればいいのだが、あいにく俺はそういう連絡手段を持っていない。外の世界との関わりを絶つためだ。華崎の連絡先も知らない。そのせいで、こんなヤキモキする羽目になった。


 父が連絡すれば、なにか分かるだろう。さすがにずっと外にいるのは大変だったので、名残惜しかったけど屋敷の中に入った。

 数分後、部屋に来た父の顔を見て、状況が深刻なものだと察した。


「連絡がとれない。事故にあったのか調べてみたが、そういったことは無さそうだ。事件に巻き込まれたわけでもない」


 事故や事件に巻き込まれたわけではなくて良かった。しかしそうなると、どうして帰ってこないのか分からなくなる。


「華崎は実家に帰ると言っていましたが……そこに連絡すれば」


「私もそうしようとしたのだが……」


「何かあったのですか?」


「華崎の実家がどこにあるか分からない」


「……どういうことですか」


「履歴書に書いてあったところに連絡したが繋がらなかった。身辺調査した時には繋がったはずなのに。おそらく私の目を誤魔化すために、わざわざ作られたものだったようだ」


 何を言っているのか受け入れられない。つまりどういうことなんだ。華崎がどこの誰か分からないというのか。


「もしかしたら……もう」


「華崎は必ず帰ってくると約束してくれました」


「はじめ」


「嘘をつくはずありません。絶対に帰ってきます」


 痛ましいものを見るかのような視線。きっと華崎が騙したと考えているのだ。しかし、俺は信じられなかった。


「……分かった。もう少し調べるから、今日はゆっくり休みなさい。ずっと外にいたのだから、気が付かないうちに疲れているはずだ」


「はい。あの、華崎から連絡があったら」


「真っ先に伝える。ほら、誠一も心配しているから、そんな顔をするんじゃない」


 そんな顔って、どんな顔だろう。きっとぐちゃぐちゃで、見られない表情だ。泣く寸前で我慢している。確かに誠一には、心配させるから見せられない。

 俺は頭を振って、湧き出てくる嫌な想像を追い出した。きっと日付の感覚がおかしくなって間違えただけだ。そうに違いない。

 頭の中に付きまとう考えを、俺は必死に押し込んだ。


 まさか、もう帰ってこないなんて、そんなことありえない。絶対に。



 しかし二日が過ぎて、その考えが現実味を帯びてきた。さすがに日付を間違えているとか、そんなこと華崎がするとは思えない。

 帰ってこられない何かが、きっと起こったのだ。連絡も出来ないような何かが。俺を見捨てたわけではない。


 そう自分に言い聞かせるけど、体は正直に不調を訴え始めた。眠りが浅くなり、食欲も無くなり、気力も薄くなっている。

 誠一がいるから、なんとか無気力な廃人にはなっていないが、このままだと自分でも危険だと感じる。


 父はあらゆる手段を使って、華崎の足取りを追っている。しかし、屋敷を出てからすぐに掴めなくなっているらしい。

 たまたまそうなるとは思えないから、意図的にそうしているわけだ。実家の場所を知られたくないからか。


 華崎がいないせいで、屋敷が暗い。庭も、手入れをしているが、どこか味気がない。今は華崎のことを考えてしまうから、あまり外に出ないようにしている。


「一体、どこに行ったんだ」


 そう口にしても返事はない。華崎は文字通り消えてしまった。


「帰ってきたら、好きだって言おうと思っていたのに。一緒にこれからもいようって。そう言いたいのに……なんで帰ってこないんだ」


 ポロポロと涙がこぼれる。ここに華崎がいたら、慌ててハンカチを差し出してくれただろう。しかし今は、誰もそんなことをする人はいない。俺しかいない。


「早く、早く帰ってきてくれ」


 祈るような言葉。どこかにいる華崎に届けと、強い願いを込めた。



 その願いが通じたのか、次の日華崎が現れた。

 しかし屋敷に帰って来たのではない。

 見たことのない人と一緒に、婚約発表会見を開いたのだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る