第32話 可愛い我が子と贈り物
父や華崎もそうだけど、俺も大概誠一馬鹿である。しかし、それだけ可愛いのだから仕方がない。世界一、宇宙一、銀河一可愛い。これは真理だ。
そして最近、なにか言葉を発しそうなのだ。これには屋敷中が騒ぎになった。初めにどんな言葉を話すのか。
父を筆頭に、自分の名前を呼ばせようと、朝から晩まで誰かしらが話しかけている。俺だって呼ばれたいから、親の特権を使って一番時間が長い。
今までは、ばぶばぶといった感じだった。それはそれで可愛いのだけど、やはり名前を呼ばれるのは特別だ。
「誠一。俺の名前ははじめだ。はじめ。いいか?」
「ぁぶ」
「よしよし。ゆっくりでいいから、覚えてみような。はじめ。そう呼んでくれたら、凄く嬉しい」
あまりプレッシャーをかけすぎるのも良くないが、一生に一度のことだから自然と熱が入ってしまう。誠一も今のところは嫌がっていないので、俺は自分の名前を覚えさせようと話しかけ続ける。
こういう風に成長を見守れるのも、一緒にいるからこそだ。子供の成長は早い。日を追うごとに抱き上げた時の重さが変わって、毎日のように実感している。その一つ一つを出来る限り見逃したくなかった。
多分、俺の子供は誠一だけだろうから余計にだ。
「はじめ様」
「あ。華崎。華崎も一緒に話すか?」
「はじめ様がよろしければ」
あれから俺と華崎の関係には、少し変化があった。お互いの間に立ち塞がっていた壁が、低くなったのだ。
華崎も、たまに使用人としての顔が消える時がある。俺への好意を隠そうともせずに、とろけるような目を向けてくる。その視線を向けられると、心拍数が上がって呼吸をするのもままならなくなった。
特に誠一もいると、まるで家族になったようだ。誠一も、随分と華崎に懐いている。本当の父親に対するように。
俺は誠一を抱っこしながら、華崎を盗み見る。自分の名前を呼んでもらおうと必死な様子に、幸せというのはこういうことなのかと思う。こうして三人でいれば、ずっと幸せになれる。そんな気がしてきた。
◇◇◇
「……蓮沼家から祝いの品が……」
幸せな気持ちに水をさすように、蓮の存在が再び現れた。
誠一の存在を公表してから、色々な人からお祝いの品が届いていたが、まさか蓮沼家も贈ってくるとは。この前の件もあったし、関わってこないはずだったのに。まあ、俺のことを昔から知っているから、義理立てたのだと考えればいいか。
「一体、何を贈って来たんですか?」
遠い目をしている父を見ると、その品物はあまりいいものではなさそうだ。価値が、という意味ではなく。
「それが……土地の権利書だった」
「土地? それは……何を考えているのでしょうか」
予想を大幅に上回る内容に、俺は驚きと呆れ混じって頭痛がしてきた。いくら普通よりも規模が大きいにしても、さすがに土地は祝いの品にしては高価すぎる。
どうしてそんなものを。というか、土地ってどこのだ。
「土地の場所は、蓮沼家が持っている中でも一等地に近いところのようだ。さすがにもらえないと断ろと思うが、何を考えているのだか」
父も頭を抱えため息を吐いた。しばらく関わってこないはずだったのに、まさかこんなふうに名前を聞くことになるとは。長年の付き合いがネックになっている。
「慰謝料代わりにしている可能性は?」
離婚する際、俺は一切そういう類を請求しなかった。今更、渡してきたとしてもありえない話ではない。
「そうだな。その可能性は高い。しかし、受け取れるわけがないな」
父は権利書であろう紙をつまみ上げると、鼻で笑った。
「一回でも受け取れば、相手はこちらが許したと勘違いする。それで付き合いを再開したいなんて言われたら……考えたくない」
おそらくそんな事態になれば、どんなに昔から仲良くしていたとしても、俺と誠一を守るために相手と徹底抗戦するだろう。絶対にだ。それぐらい愛されている自覚はある。
「父さんの方から、受け取れない旨を伝えてください。お気持ちだけで嬉しいと」
「本当なら気持ちだって受け取りたくないが、そうしたら面倒なことになるかもしれないからな。誠一は絶対に渡さない」
誠一が俺と蓮の実の子供だと分かれば、向こうは欲しくてたまらない存在になる。凛と結婚したとしても、その子供は蓮沼家とは全く血縁関係がないからだ。親権を主張でもしてきたら、それこそ泥沼である。
誠一は好奇の目で見られ、蓮は俺を責めるだろう。子供の存在を黙っていたことと、勝手に産んだことで。凛の立場が危ぶまれるから。
「やはりお披露目をしなくて正解でしたね。……誠一にとっては可哀想なことかもしれませんが、出来る限り別館で育てようと思っています。幼稚園や学校に通わせるかどうかは……これからの状況次第ですね。バレるわけにはいきませんから」
「そうだな。必要とあらば、幼稚園も学校も作るか?」
「……駄目に決まっているでしょう」
少しだけほんの少しだけ、その意見を魅力的に感じたのは内緒だ。それを言ったら、来年にはどちらも作ってしまう。
爺馬鹿も大概にしなくては、どんどん規模が大きくなりそうだ。手綱をしっかり握る必要があると再確認した。
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