第30話 誠一について





「そろそろ、誠一の存在を世間に公表しようかと考えている」


 父の言葉に、とうとうこの日が来てしまったと、俺は拳を強く握りしめた。

 誠一が一歳になる前には公表すると、前々から話に出ていた。しかし、俺の踏ん切りがつかずに、ずるずると伸びていって現在に至る。


「何度も言っているが、時期を伸ばせば伸ばすだけ様々な憶測が飛び交う。早めに言って、後は好きにさせておけばいい」


「分かっています。しかし、俺の子供として戸籍に入れて本当に誠一にとって良かったのか、今でも不安なんです」


 俺にとっては、自分の子供として認められたのは単純に嬉しかった。しかし、誠一のことを思えば、父の子供とした方が将来のために良かったのではないかと考えてしまう。


「何を言っているんだ。絶対にこれが正解だったに決まっているだろう。むしろ私の息子としたら、後で誠一が傷つくことになっていたかもしれない。自信を持ちなさい」


 父は本心から言っている。それが伝わり、不安が少しだけ消えた。

 確かに俺がうだうだしていたら、逆に誠一を傷つける。しっかりしなくては。


「分かりました。公表しましょう。ただ、あまり大々的なものは……誠一は、蓮に似ているところがあるます。顔を見て、それを指摘するような人が現れるかもしれません」


「……誠一はあんなアホには全く似ていない。可愛くて賢い子だがな。馬鹿な考えをする奴は、確かに出てきそうだ」


 成長するにつれて、蓮に似ている部分ははっきりしてきたのだが、父含め屋敷の全員がそれを否定する。今だって蓮の名前を出しただけで、舌打ちをして一気に機嫌が急降下した。


「お披露目はしない方向で進められますか?」


「そうだな……離婚の件もあるし、表向きは養子だから、その面を押し出して大々的にしないことは出来る。まあ、騒がしいことは望んでいないと言えば、なんとかなるだろう」


「それなら今回は、通達を出すだけにしてください。まだ誠一は、表に出したくはありません」


「分かった。そのように手配しておく。私も、誠一を馬鹿の目にはさらしたくないからな」


「馬鹿の目って。言いすぎですよ」


「しかし、そうだろう。……お前のことも、散々好き勝手に言っていた」


「……知っていましたか」


「当たり前だ」


 蓮と結婚してから、社交の場に二人か一人で出ることが何度かあった。凛を差し置いて蓮と結婚した俺に対し、世間の反応は冷たかった。

 二人の仲を引き裂いたのが、まるで俺かのように言われて、陰口や直接非難をされた。


 しかし、蓮はまったく気がついていなかった。無視していたわけではなく、ただ俺に興味が無かったのだ。そちらの方が、見て見ぬふりをされるより辛かった。

 父も何も言ってこないから、知らないか放置されているのかと思っていたのだが。どうやら後者だったようだ。


「……あの時は、二人が上手くやっていると思っていたから、そんな声も気にしていないと。助けてやれなくて、すまなかった」


「いいんです。俺も反論しなかったから、余計に相手を調子づかせてしまいました。ほとんど自業自得です」


「そんなことは無い。はじめは何も悪くないだろう。お前は被害者だ。もっと怒るべきで、悲しむべきなんだよ」


 父がゆっくりと、俺の方に手を伸ばす。肩に置かれるかと思った手は、壊れ物を扱うかのようにそっと頬に触れた。


「本当にすまなかった。もう、あんな悲しい思いはさせない」


 真剣な視線と目が合う。後悔している。俺を守れなかったことを。俺の苦しみを気づけなかったことを。それが分かっただけで十分だ。


「今、とても幸せなので……昔のことは忘れました。もう謝らなくていいですよ」


 手にすり寄り目を閉じる。あの時の俺には、誰も味方がいないと思っていた。気にかけてくれたと、知ることが出来て良かった。


「誠一には、辛い思いをさせたくありません。しかし、いつか本当のことを話さなければいけない日が来るでしょう。その時に、どんな選択をしても受け入れるつもりです」


「そうか」


「それまでは、一緒に誠一を悪意から守ってくれますか?」


「当たり前だ。あんなに可愛い孫を、可哀想な目には絶対にあわせない。全勢力をもって、敵は排除する」


「はは。それは頼もしいですね。色々と迷惑をかけますが、これからよろしくお願いします」


「迷惑なんかじゃない。家族なんだから、助け合って当たり前だ。むしろもっと頼れ。辛いことがあったら、すぐに相談しろ。何か嫌なことを言われたら、今後は私が相手する。二度とそんな言葉を口に出来ないように、話をするからな」


「話し合いだけで済めばいいですけど」


「その時はその時だ」


 そこで同じタイミングで笑いがこぼれる。父とこんなふうに、リラックスしながら話をするなんて、数年前の自分だったら思いもよらなかった。

 昔からもっとちゃんと話をしていれば、こんなに遠回りをすることもなかったのだろう。しかし、そういうのを考えても、戻れないのだから意味が無い。

 これから、どうするかどうなるのかが大事なのだ。


 俺と父は、二人でしばらく笑ったあと、誠一の件についてもう少し詳しく話をした。






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