第28話 向かい合う





 辻藤に相談したおかげで、スッキリした。俺はもう少しわがままになっていい。自分の幸せを掴むために。それは、とても気持ちを楽にさせてくれた。


 華崎と、もっときちんと向き合おう。逃げ回ってばかりでは、何も変わらない。傷つけるだけだ。それなら引き止めない方が良かったことになる。後悔はしたくなかった。


 きちんと向き合おうと決めたはいいが、どうすればいいかが問題だった。あまりに強引なものだと、華崎が引いてしまうかもしれない。

 それに、まだ屋敷の人間と使用人という関係だ。体裁もある。少しずつ距離を縮める必要があった。


 そこで考えたのが、庭園の散歩の再開である。誠一が産まれてからは、世話にかかりきりになっていて、ゆっくりと散歩する時間が取れなくなっていた。庭園の手入れを欠かしていない華崎が寂しそうにしているのは知っていたが、俺も時間を作る余裕がなかった。

 しかし誠一も大きくなり、辻藤という心強い味方のいる今なら、少しの間であれば散歩できるはずだ。


 そうと決まれば、すぐに実行に移す。まずは辻藤に協力を求めて快諾をもらうと、華崎を呼び出した。


「いかがなさいましたか?」


「最近、庭園を近くで見られていなかったから。一緒に行かないか? どんな花を今は育てているのか、話を聞きたい」


「! かしこまりました!」


 俺の提案に、華崎の顔がぱっと輝いた。それを見て、どれだけ見せたかったのか伝わってきた。もっと早くこうしていれば良かったと、心の中で反省した。



 久しぶりだからか、お互いにぎこちなくではあるが庭園に出た。屋敷から庭の様子は見ていたけど、近くで見た方が断然いい。


「やっぱり、いつ来ても凄いな」


 花は心を癒してくれる。どこか緊張していた部分が、ゆっくりとときほぐされた。


「はじめ様のために用意しておりますから。はじめ様に喜んでいただけて、とても光栄です」


 隣を歩く華崎の表情は、まだ固い。以前と同じように差された傘を持つ手が、しっかりと握りしめられている。それを見た俺は、このままではいつもと変わらないと思った。


「華崎、少し東屋で休憩しよう。座って、ゆっくりと見たい」


「……かしこまりました」


 言葉に詰まったのは、俺と話しをするのを避けたかったからだろうか。しかし、見逃すことは出来ない。きちんと向き合うと決めたのだから。

 東屋に行けば屋根があるから、日傘を差す必要は無くなる。一定の距離を開けて座ろうとしてきたので、俺は気付かないふりをしてすぐ隣に腰を下ろした。


「は、はじめ様っ」


「どうした? 何か問題でもあるか?」


「……い、いえっ」


 有無を言わさずに、距離を開けることも許さなかった。かなり動揺しているようだが、結局諦めたようだった。

 東屋に風が通り抜けていく。花の香りをまとっていて、心地がいい。しばらく目を閉じて楽しむと、心の中で気合を入れて華崎の方を向く。


「俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。こうして二人きりになるのも久しぶりだな」


「はい」


「誠一の世話もしてくれて、それに加えてここの手入れも頑張ってくれた。いつもありがとう」


「いえ。当然のことをしたまでです」


「謙遜しなくていい。華崎がいなかったら、ここまで素晴らしいものは見られなかった。いつも感謝している」


「……もったいなきお言葉です」


 俺はじっと見ているのに、華崎はまったく目を合わせようとしない。視線が合うのを怖がっているようだ。俺が何を言うか分からないからだろうか。

 あの件から、距離を置いていたのが悪かったらしい。自業自得だ。華崎からすれば、告白されたせいで気まずくなって、避けたように感じたはずだ。間違いではないが、もう少しいい方向に考えて欲しい。


「華崎、俺が怖いか?」


 いや、違う。


「俺にどう思われているのか、知るのが怖いか?」


「いえ……」


 否定しているが、どう考えても図星のようだ。きっと断られると、そう確信している。それが、とても歯がゆかった。


「華崎、ちょっと手を貸してくれ」


「手を?」


「いいからっ」


 どうすれば安心してもらえるのか。言葉で伝えても、きっと心までは届かない。行動で示さなくては。

 説明もせず強引に華崎の手を取ると、俺は両手で包み込む。突然のことに驚いているが、絶対に離しはしなかった。


「俺は同情でこんなことをしているわけじゃない。辞めてほしくないからっていうだけで、こんなことをしているわけでもない」


 話しかけながら、強く手を握る。こうしているうちに勝手に気持ちが伝われば、そんなに楽だろうか。俺が口下手なせいで上手く伝えられず、華崎を不安にさせてしまった。

 とにかくこの気持ちを伝えたい。嫌々、こんなことをしているわけではないと分かってもらいたい。


「は、はじめ様っ、誰かに見られたら誤解されますっ。は、早く離してくださいっ」


 華崎は抵抗の言葉を口にするが、俺に怪我をさせないために振りほどこうとはしてこなかった。それを利用させてもらう。


「俺の話を聞いてくれ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る