第27話 辻藤のアドバイス
「誠一のことで頭がいっぱいだったのに、今は華崎のことで頭がいっぱいになっている。でも、恋愛的に気になっているという感じではない。これが恋愛になる気がしないんだ」
今までずっと溜め込んでいた気持ちを、俺は一気に吐き出した。自分でも気づかなかったが、誰かに話したくてたまらなかったらしい。言葉が止まらない。
「それでも、華崎に嘘はつきたくない。華崎はいい人だ。これからもずっと一緒にいたい」
辻藤は何も言わない。しかし、きちんと話を聞いてくれている。俺の話の邪魔をしないように、相槌を打ってくれた。
「俺が結婚した人は、俺以外の人には優しかった。とてもいい人なんだ。ただ、俺以外に好きな人がいて、しかも相思相愛で、俺が横恋慕していた形だった」
あの時は、悪いことばかりだった。いつも沈んでいた。しかし、誠一に会うためだったと考えれば、あれも必要なことだった。
「誠一の父親だから憎みたくはない。……もう関わりたくない、っていうのが正直な気持ちだな。元々こんな話になったのは、向こうが俺と華崎が不倫しているって勘違いしたのがきっかけなんだ。本当に勘弁して欲しい」
話せば話すほど、怒りが湧いてくる。そっとしておいて欲しかったのに、どうして別れてからも俺を困らせるのか。そんなに俺のことが嫌いなのか。酷い人だ。
「……俺は人間として欠陥品なのかもな」
ははと乾いた笑いをこぼす。自分で言って、自分で悲しくなってきた。
「どうして、そう思うんですか?」
「どうして……俺は普通の気持ちが分からない。恋がどんなものか分からない。最初の恋愛がこんな結果に終わって、次の恋に進む勇気もない。誠一がいれば、それだけでいいって思ってしまうんだ」
「それは珍しいことでは無いですよ。恋に臆病になってしまうのは、誰にだってあります。子供が可愛いと思うのも、おかしいことじゃありませんよ」
「……そうなのか。そうだとしたら、少しだけ心が軽くなる」
慰めるための優しい言葉だとしても、俺の気持ちを軽くしてくれた。強く否定されると落ち込んでしまう。人選は間違っていなかった。
「はじめさんは、華崎さんとどうなりたいですか。もし恋愛出来た時に、結婚までいけますか?」
「……誠一には、父親代わりになる人が必要だと思う。いつか、親が俺しかいないせいで、辛い思いをしてしまうかもしれないから」
「はじめさん個人の意見はどうですか。あなたを支えてくれる人がほしいですか?」
俺を支えてくれる人。いらないと言えば嘘になる。色々な人に協力してもらっているとはいえ、俺個人を支えてくれる存在がいれば心強い。そうは思うが。
「俺を支えてくれる人なんて……いるのだろうか」
「それが華崎さんなのではないですか?」
「……そうか。恋愛関係になったら、そうなるのか」
当たり前のことなのに、全くその事実に気がついていなかった。
蓮との結婚生活で、そういう関係には一度もならなかったから、結婚していれば当然のことを忘れていた。どれだけ毒されていたんだ。あの結婚に。
「はじめさんは今、少し混乱しているんです。普通の状況に、まだ慣れていないだけで、決して欠陥品ではありません。華崎さんも、あなたの状況や苦悩を分かっていますから、ゆっくりと答えを出すべきです。あなた自身の幸せのために」
「……俺自身の幸せのために」
「見ていてずっと感じていたのですが、自分は幸せになるべきではないと、そう思っていませんか? そんなことはありませんよ。誰にだって、幸せになる権利はあります。むしろ、幸せに対して貪欲になってください」
辻藤の言う通りだ。俺はどこかで、自分は幸せになるべきではないと、そう思っていた。優先するべきなのは、誠一のことだけだった。それで良かった。
だから辻藤の言葉に、目から鱗が落ちる気分になる。
「幸せになっても……いいのか」
「当たり前じゃないですか。もっと、幸せになるんです。幸せに上限なんてありません。はじめさんが幸せになれば、自然と誠一君も幸せになります」
「そうか……俺の幸せが、誠一の幸せに繋がる」
「その通りです」
言葉にすれば、さらに実感が湧いてくる。幸せになっていいと、面と向かって言われたことで救われた。何もかもを許された感じだ。
「ありがとう。辻藤さんに話を聞いてもらえて、本当に良かった。おかげで、ずっと心の中でモヤモヤしていたものを出せた。暗い話に付き合わせて申し訳ない」
「いえいえ。僕なんかがお役に立てたのならなによりです。また、何か話したいことがありましたら、いつでも言ってください。大した答えを出せないかもしれませんが、ゆっくりと話を聞くことなら得意ですから」
雇用する側とされる側の関係なのに、嫌な顔一つせずに相談に乗ってくれる人なんて、そうそういない。
社交辞令かもしれないが、いつでもまた話していいと言ってくれた辻藤は、俺にとっては天使に見えた。聖人君子なのかもしれない。
彼のおかげで、華崎のことをもう少し気持ちを楽にして考えられそうだ。感謝してもしきれない。
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