第26話 相談会





 華崎の気持ちを真剣に受け止めると言ったはいいが、実際にはどうすればいいのだろう。

 恋愛という恋愛の経験が無い。初恋は蓮で、結婚までしたけど恋愛のれの字も無かったせいだ。

 だから恋愛というのをどうやって始めるのか、そもそも人を好きになるというのはどういうものかすらも分からなかった。


「好きって……なんだ?」


 蓮との関係のせいで、俺の恋愛感は歪んでしまった。苦しみばかり感じていたせいで、純粋な気持ちが思い出せない。


 親愛の好き、家族に対する好きは分かる。

 誠一と一緒にいる時に凄く感じるし、父や辻藤、華崎といる時だって感じていた。恋愛の感情に、ここから発展出来るものなのだろうか。分からない。それぐらい、恋愛をしてこなかった。

 蓮に向けた感情だって、恋愛ではなかったのかもしれない。ただの執着だったのかもしれない。違うと言える自信がなかった。


 こんな状態では、恋愛なんて難しい。自分の気持ちが分かっていないのだから。

 しかし、俺は華崎に真剣に考えると断言した。それを破るつもりは無い。

 そういうわけで、恋愛というのがどういうものなのか思い出すのが、今の俺の目標である。


「誠一はどう思う?」


「あぅ?」


 外に出られない中で、相談出来る相手は限られてくる。父には恥ずかしくて聞けないし、誠一に聞いてみたけど答えが返ってくるわけがない。可愛い顔で首を傾げる姿に癒されるだけだった。うちの子可愛い。


「誠一にはまだ早い話だったな。……どうしたものか」


 あと俺が相談出来る人と言ったら、一人しかいなかった。しかし、相手の迷惑にならないだろうか。そう考えて、今更かと開き直る。





「僕に相談があるって聞きましたが、誠一君のことですか?」


「時間外なのに呼び出して悪い。今日は誠一のことじゃないんだ。その、個人的なことで。相談出来る人が、辻藤さん以外に思い当たらなくて」


「相談するなら、僕よりも華崎さんの方が頼りになると思いますが。僕でいいんですか?」


「……華崎には相談出来ないんだ」


 俺の言葉に、何かを察したらしい。柔らかい表情で微笑んでくる。


「華崎さんと何かありましたか?」


「分かるのか? もしかして態度に出てたか?」


 何かあったと気づかれるぐらい、俺の様子はおかしかったのか。前のように華崎と接するのを心がけていたのに。


「なんとなくの雰囲気ですけど。お互いにギクシャクしている感じがして。でも気のせいかと思っていたので、気づいている人はいないはずですよ」


 落ち込む俺を励ましてくれる辻藤は、本当にいい人だ。フォローまで入れてくれる。相談相手には最適だろう。


「もしかして喧嘩でもしましたか? それなら、すぐに仲直りできますよ。華崎さんは、はじめさんを大事に思っていますから」


「喧嘩したわけじゃない」


「そうですか。それなら何があったんですか?」


 言っていいものかと迷った。プライベートな内容だから。しかしすぐに、辻藤は面白おかしく吹聴はしないと考え直した。


「好きだと言われた……恋愛的な意味で」


 改めて口にすると、状況を思い出して顔が熱くなる。あの時の、真剣で懇願するような華崎の顔。初めて見た、使用人ではない表情。

 駄目だ。考えるほど顔が熱い。


「そうだったんですね」


「……驚かないのか?」


「納得しています。はじめさんを見る時の、華崎さんの目はとても優しかったので。あれは、好きという感情だったんですね」


 驚かずに納得するぐらい、華崎も分かりやすかったようだ。もしかしたら、俺が鈍感なだけだったのかもしれない。

 自分に好意が向けられるなんて、全く思わなかったのだ。今でも、冗談の可能性を少し残している。本人に聞いたら傷つけそうだから、絶対に言わないが。


「それで、はじめさんは好きと言われて、どうしたらいいか分からず困っているんですか?」


「……その通りだ。でも、気持ちに応えられる努力はしたいと伝えた。そうしないと、辞めると言われたから……」


「華崎さんも、追い詰められていたということですか。もしかして伝えずに、辞めるつもりだったんじゃないですか?」


「よく分かったな」


「気持ちを秘めるタイプだと思いまして。つまり、はじめさんは気持ちに応えられるように努力をすると言って引き止めた。しかし、自分の気持ちが分からない感じですか?」


「……当たっている。もしかしてエスパーなのか?」


「子供を相手にする仕事をしていると、言葉以外の情報も注意するようになるので」


 相談相手に選んで間違いなかった。思考が読まれているかのように、俺の悩みの全てが当たっている。


「俺は、少し前まで結婚をしていて。それは、恋愛と呼べるようなものじゃなかった。いや、俺は相手のことを好きだったけど、相手は俺のことを最後まで幼なじみとしてしか見ていなかったし、俺が好きだったことすらも知らない」


 あまり思い出したくない話ではあるが、全てを包み隠さず話さないと、辻藤もアドバイス出来ないだろう。


「今思うと、それが本当に恋だったのか自信がないんだ。自分の気持ちが分からない。そんな俺が、恋なんて出来るんだろうか。華崎と同じ気持ちを返せるのか。……分からないことが怖い」


 真剣に俺の話を聞く辻藤に、どんどん言葉が止まらなくなって口から飛び出していった。





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