第17話 誕生の瞬間
月日というのは、あっという間に過ぎる。
いつの間にか、妊娠予定日になっていた。それまでお腹の大きさに、動きづらさに大変な思いをしたり、元気な子が産まれるために気を遣ったり、色々あった。
振り返ってみると、あっという間の出来事だった。
早く会いたい。でも、まだお腹の中にいてほしい。そんな、矛盾した気持ちを抱えていた。
愛しさはどんどん大きくなっていて、お腹を元気よく蹴ってくるたびに、命を感じて自然と顔が緩む。
華崎に指摘されて初めて気がついたが、一日の間で笑っている時間が多くなっていた。それぐらい嬉しいのだ。
予定日が近づき、お腹の状態を見て、いつ産まれてもおかしくないということで、別館には助産師が常駐している。何が起こってもいいようにだ。
初めての出産なので、念には念を入れてである。俺も無事に出産出来るか不安なのもあり、その気遣いはありがたかった。
父は親バカというか、絶対に爺バカになる。屋敷を用意したのはもちろんのこと、ベビーベッドや洋服、その他もろもろを大量に買っていることから考えると、今から別の意味で心配だ。買いすぎないように注意しているのに、聞く耳を持たない。
それに名前をつけるのをお願いしたから、さらに張り切っていた。
名前に関する本を買い込み、ああでもないこうでもないと夜遅くまで考えているらしい。仕事に支障をきたしていないにしても、倒れないように注意しておいて欲しいと、使用人に伝えておいた。
ここまで、みんなから心待ちにされていて、俺もこの子も幸せ者だ。
◇◇◇
そして、ついにその日が来た。
ベッドの上で本を読んでいる時に破水した。
すぐに気がついた俺は、傍に控えていた華崎に伝える。
「すぐに、医者に伝えてくれ」
それからは大騒ぎだった。
仕事をしていた父、別館の使用人全員、医者と助産師が一気に来て、部屋がいっぱいになってしまった。さすがに邪魔だったので、丁重に帰ってもらったぐらいだ。
父と華崎にだけ残ってもらい、出産が始まった。
痛いとは聞いていたけど、俺は完全に舐めていた。気絶した方がマシなぐらいに痛い。しかし、弱音を吐いている場合じゃなかった。
「ちゃんと息をして! 辛いのは赤ちゃんも同じなんだからね!」
助産師の声に、俺は呼吸を止めないように意識をしながら力む。
今はどのぐらいの時間が経ったとか、確認している余裕はない。たぶん、もう何時間も過ぎている。それだけは確かだ。
「はじめ」
「はじめ様」
それぞれの手を、父と華崎が握ってくれている。二人がいるおかげで、心細さはない。
早く産まれておいで。みんな、ずっと心待ちにしていたんだ。
さらに力むこと数時間。
「頭が見えてきたよ! あともう少し!」
あと少し。しかし、この少しが大変だった。俺は教えられた呼吸を繰り返しながら踏ん張った。
その瞬間は、たぶん一生忘れることはない。
産声が聞こえてきた。
「おめでとう! とても元気な子ね!」
助産師が赤ん坊を抱いて、俺の隣にそっと寝かせた。そちらに顔を向ければ、精いっぱい声を上げて泣いているのが見えた。
胸いっぱいに広がる幸せに、一気に涙があふれた。可愛い、愛おしい。幸せだ。
そっと手を伸ばす。タイミングが合って、人差し指を小さな手が握ってくれた。小さいのに力が強い。
生きている。温かい。さらに涙があふれた。
「か、わいい」
顔を寄せて額にキスをした。このままずっと一緒にいたいけど、やらなければいけないことがあるから、一時的にお別れだ。
助産師に預け、俺は目を閉じる。とても大変だった。しかし、幸せで胸がいっぱいである。
「よく、頑張ったな」
父が頭を撫でてくれた。
「はじめ様、お疲れ様です」
華崎が手を引き寄せた。目を開けて見ると、瞳がうるんでいる。しかし、とても幸せそうな表情だった。
「……ん。父さんも、華崎も、ありがと……。二人とも、抱っこしてあげて」
「え、っと……いいのか?」
「俺は、さすがに……その資格はございません」
抱っこしてほしいと言えば、戸惑ったので思わず笑ってしまった。
「お願い。この子も、そうしてほしいって」
笑いながら頼めば、まずは父が助産師に手伝ってもらいながら抱っこした。俺のことも抱いたはずなのに、その手つきはおっかなびっくりとぎこちない。
「可愛いな。はじめの小さい頃によく似ている」
「ほんとうですか?」
まだ顔が真っ赤のしわくちゃで、似ているとか似ていないとか、そういう段階じゃない気がするが。もう爺バカが始まっている。
ずっと抱っこしそうな勢いだったので、助産師に目配せして、華崎の方に移してもらった。
「……小さくて、壊れてしまいそうです。とても可愛いですね。天使みたいだ」
「天使っていうよりも、猿じゃないか?」
まったく。可愛がるのはいいけど、どれだけフィルターがかかっているんだ。
体格がいいから、父よりは安定感がある。
その顔は緩みきっていて、見ているこっちまで幸せが伝わってくる。
さすがに風邪をひくと、助産師が産湯につけるために連れて行くまで、ずっと離そうとしなかった。連れていかれる時も、名残惜しそうに追いかけていたぐらいだ。
こうして、みんなに望まれた子が、俺の子供が誕生した。
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