第15話 凛の怒り




「手紙は出した、が……」


 どうしてそれで、蓮ではなく凛が突撃してくるんだろう。突撃するほどの内容でも無かったのに。

 二人の結婚を後押ししようとしたのだから、睨まれたり怒りを向けられる理由に心当たりがない。


 しかし手紙を出したことを認めると、凛の雰囲気がさらに不穏なものになった。


「ねえ。そこに何を書いたの?」


「何を書いたって……」


 聞いてくるということは、手紙の内容を知らないようだ。もし蓮が内緒にしているとしたら、俺が勝手に話してもいいのだろうか。

 どうしようか戸惑っていると、凛がつかつかと足音を立てて近づいてくる。


 そして手を振り上げると、勢いよく頬を叩いてきた。

 痛み、すぐに熱を感じる。

 まさか暴力に訴えてくるとは思わなくて、痛みよりも衝撃が大きかった。しかも、凛がなんて全く信じられない。間違いなんじゃないかと、頬を押さえながら考える。


「……凛?」


「蓮に、蓮に何を言ったの!?」


 こっそり入ってきたことも忘れて、凛が叫ぶ。


「蓮が僕と結婚してくれないのは、あんたのせいなんでしょ!」


「ちが……」


「それならどうして、あんたからの手紙を読んだ蓮が、僕に家へ帰れなんて言うの? どうせ、離婚に納得いっていないから、僕に対する悪口でも書いたんでしょ!」


「そんなこと、するわけないだろ。どうして、俺がそうする必要があるんだ?」


 全くもって見当違いの怒りに、俺は戸惑いながら間違っていると伝える。しかし、凛の勢いは止まらず鼻で笑ってきた。


「だって、蓮のことずっと好きだったんでしょ」


「は……?」


 どうしてそれを。確信している言い方に、俺は固まった。

 父といい凛といい、俺の恋心がバレているなんて、そんなに分かりやすかっただろうか。必死に隠していたはずなのに。


「図星だね。分かりやすいんだよ。あんなに物欲しそうな顔で、蓮のこと見ちゃってさ。でも残念。蓮は僕のことしか興味無いし、好きじゃないの。あんたと結婚したのだって、僕のためなんだから」


 次々と、俺を言葉で傷つけてくる。全く知らなかったけど、凛は元々こういう性格だったのか。それとも若葉家の酷い環境で、こうならざるを得なかったのか。

 どちらにしても、俺に言えることは一つしかない。


「ああ。分かっている」


 俺が出した手紙のせいで、凛を不安にさせてしまった。蓮がどんなことを考えたのか知らないけど、凛より俺を優先するわけが無い。


「ごめんな。ただ、俺のことは忘れて欲しいって、気にするなって書いたんだけど。その方が余計に気になるって、少し考えれば分かることだよな。考えが足りなかった」


 まさか俺が謝るとは思わなかったのか、勢いが止まった。しかし、睨みつけてくるのは変わらない。


「蓮との結婚は偽装だ。凛が考えている通りだな。安心してくれ。その点に関して、勘違いはしていない」


「そ、それならいいけど。蓮が可哀想だから、今後一切関わらないでくれない?」


「そうだな」


 きっと、蓮も俺なんかとは関わりたくないはずだ。蓮と凛の間には誤解が生じていて、話し合えば解決するようなものだろう。

 二人が結婚するとなって、一番邪魔なのは俺の存在だ。


「今後一切、蓮とは関わらなすると約束する。もう手紙も出さない。だから安心して、蓮と幸せになってくれ」


「言われなくても幸せになるから! その約束、絶対に守ってよね! 僕とこの子と蓮で、幸せな家庭を築くのに、あんたの存在は邪魔なんだから!」


「ああ。心配なら、書面を用意してもいい」


 お腹を撫でた時の表情は、優しさに満ち溢れていた。たとえ血が繋がっていなかったとしても、二人なら幸せになれる。

 俺は凛を安心させるために、ベッドの脇にあるテーブルの上にあるメモを一枚ちぎった。そして近くにあったペンで、蓮と今後一切関わらないと約束する旨を書いた。最後に署名を入れて、その紙を渡す。


「これでいいか?」


「ふんっ。少しは自分の立場が分かっているみたいだね。それじゃあ、もうその顔を見せないで静かに暮らしてよ。会わなくてせいせいする。蓮を見る目、昔から気持ち悪かったから」


 最後に吐き捨てると、ようやく部屋から出て行ってくれた。また入ってきた場所から、この屋敷を出るのだろう。


「……華崎」


「はい。はじめ様」


 華崎の名前を呼ぶ。そうすれば、凛がいたのとは反対の方向から、返事とともに現れた。

 凛は気づかなかったけど、ずっと部屋の中にいたのだ。

 俺も途中で気づいた。どうやら俺の知らない秘密の出口があるらしい。そこから入ってきたのだろう。後で調べておこう。


「凛には手を出すなよ」


「はじめ様に手を出したのは、あちらですが? どうして先ほど止められたんですか」


「止めなかったら、凛を殺していたんじゃないか?」


 返事はない。しかし、凛が俺を叩いた時に膨らんだ殺気が証拠だ。それに、いつでも侵入者を排除出来るような訓練を受けているのも知っている。殺すぐらい簡単だろう。

 だからこそ止めた。

 凛のためではない。蓮のためだ。


「……はじめ様は、優しすぎます」


 苦しげに呟かれた言葉は、俺を表すものとしては間違っていた。





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