第13話 知らされる事実





 無事に離婚届は受理された。あまりのあっけなさに、俺の結婚生活が幻だったのではないかと思ったほどだ。いや、事実幻だったのだろう。愛なんて欠片も存在していなかったのだから。


 俺と蓮の間にあった、結婚という関係は消えた。法的に、なんの関係性も無くなったわけだ。

 バツイチという情報が記載されたが、特にこれといって思うことは無い。 今の時代、そういう人はざらにいる。離婚するのは良くないという風潮は、すでに廃れていた。

 ひとり親で子供を育てるのも、家の助けがあれば、普通の人よりは楽に出来るはずだ。その点で、俺は恵まれている。


 他の人に妊娠がバレないように、最低限の家の者にしか知らせていない。

 俺は産むまでの間、屋敷にこもりきりになる。その生活は前と変わらないが、俺専用に屋敷を建ててしまったのは、本気でクレームを入れた。

 さすがに、これは無駄遣いだ。わざわざ屋敷を建てなくても、結婚する前まで使っていた部屋をそのまま使えば良かったのに。

 そう訴えた俺に、父は涼しい顔で言った。


「こっちの方が、人目に触れずに済むだろう」


 それも一理あるかもしれないが、どう考えても規模がおかしい。

 俺の立ち位置は出戻りのはずなのに、待遇が良すぎると噂されそうだ。そして、それは事実だ。

 初孫が嬉しいとはいっても、はしゃぎすぎである。華崎を、俺専属のお世話係兼庭師にしたところからも、よく表れている。

 華崎は華崎でやる気を見せていて、本館の時以上の庭づくりをすると張り切っている。ほどほどにするようには伝えたが、あの感じでは伝わったかどうか怪しいところだ。


 別館に移り住んだ俺は、昔から知っている少数の使用人達に世話をしてもらいながら、平穏な生活を送っていた。

 お腹も少し膨らんできて、新しい命を感じるようになった。それと同時につわりが始まり、日によって波があるせいで、一日中ベッドの中というのも珍しくなくなった。

 それでも丁寧に世話をしてもらえるから、とても楽することが出来た。


 父の配慮なのか、俺の元には蓮に関するニュースが全く入ってこない。

 世間では、絶対に騒ぎになっているはずなのに、それにテレビも新聞も雑誌も読んでいるのに、一度も目にしたことがなかった。

 検閲しているのだろうが、とてつもなく徹底している。隠さなければいけないぐらい、酷い状態になっているのかもしれない。

 どう考えても、世間が面白がるような醜聞だ。


 このまま全てシャットアウトする方が、健康のためにはいいはずで、蓮のことは忘れた方がいいのも分かっている。

 それでも俺は、今どういう事態になっているのか知りたくなった。蓮と凛が結局どうなったのか、知らないままではいられなかった。


 父と華崎に頼んでも、絶対に教えてくれない。むしろ俺よりも、二人は蓮に対して恨みの感情を抱いている。聞けば、余計に情報を制限されてしまう。それは避けたかった。


 そうなると、屋敷で世話をしてくれる使用人の誰かに頼む以外にない。しかし人選ミスすると、すぐに父へと報告がいくだろう。

 口が滑りそうで、働き始めて浅い人。あまり良くない選び方だが、後でちゃんとフォローはするから、俺のために犠牲になってほしい。


 時間はたっぷりあるから、使用人をよくよく観察した。そして、ある人を選んだ。


 ある日、俺はその人と二人きりなる状況をさりげなく作った。

 彼がシーツを取り替えているところを横目に、なんとなく口にした風を装って尋ねる。


「そういえば、蓮沼家と小宮山家は婚約を結び直したのか?」


 シーツを引き剥がしていた手が止まる。こちらを見てくる視線を感じるが、俺は手元の雑誌に集中しているふりをした。

 ここで気になっているのが伝われば、彼は口をつぐむ。今日もはほとんどないところを見せれば、警戒が緩むはずだ。


 そのまま雑誌のページをめくっていると、話しても大丈夫だと判断したらしい。もしかしたら、誰かに話したくてうずうずしていたのかもしれなかった。


「それがですね。小宮山様が蓮沼家にお世話になり始めたということで、また婚約発表されるんじゃないかって噂されましたけど、今のところ両家とも口を閉ざしているらしいです」


「そうか」


 俺に遠慮でもしているのだろうか。

 そうだとしたら、気を遣わなくていいのに。みんな蓮と凛が結ばれることを望んでいるのだから。


「しかも、小宮山家の方はなにか後ろめたいことがあるようで、家の方で引き取ると言っているらしいです」


 後ろめたいこと。間違いなく凛の妊娠だ。

 上手く隠せなかったのか。それなら蓮の子供として、大々的に発表してしまえばいい。

 両家の力を持ってすれば、面倒な声はもみ消せるはずだ。むしろ早くしないと、凛の身が危なくなる。

 権蔵との間に子供がいると分かれば、若葉家の跡継ぎ争いに発展する可能性もあるのだから。


 話を聞いたせいで、余計に考える要素が増えてしまった。

 もう少し情報を集める必要がありそうだと、俺は彼に好印象を抱いてもらうために微笑んだ。





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