第5話 気づいた事実
蓮がその後、俺に伝えた計画はこうだ。
凛が若葉家から解放された後、幼なじみという立場を使って俺達の家で面倒を見る。
もちろん妊娠していることは誰にも言わず、そして秘密裏に出産したら俺達の子供として公表する。
俺はほとんど家から出ることはないし、凛は心を病んでいるといって家にこもればいい。
俺の人権も立場も完全に無視した計画に、それを凛も賛成しているのかと聞きたくなった。
しかし聞くまでもまい。
二人で計画を立ててまとまったから、こうして俺に話しているのだろう。
事後報告じゃなかっただけ、マシだと思うしかない。
凛が帰ってくると知って以降、精神的に不安定になったのか体調が良くない。
食事も喉を通らず、立ちくらみをするようになった。
蓮は気づいていない。
俺のことなんかよりも、もうすぐ迎える凛のことで頭がいっぱいだからだ。
凛と過ごせる日を考えて、わくわくしながら準備をしている蓮を見るたびに、どんどん気持ちが冷めていく。
俺は、何故ここにいるのだろうか。
自分が存在する理由が、分からなくなった。
◇◇◇
「……妊娠?」
先生の言葉に、俺は耳を疑った。
体調があまりにも良くないから、実家に帰った時に、昔から家族ぐるみでお世話になっている先生に診てもらった。
ストレスだと言われるかと思ったら、診ていくうちに顔色が変わった。
そして、とても嬉しそうに告げた。
「おめでとうございます。ご懐妊です」
本来ならば、喜ぶべき知らせだったのだろう。こんな時でなかったら、俺も喜べたかもしれない。
しかし今は違う。タイミングが悪すぎた。
「父を、父を呼んでくれますか。内密に。早急に」
「か、かしこまりました」
全く喜ぶ様子なく、顔色が悪いまま父を呼ぶ俺に、医者は戸惑いながらも従った。
そして数分もしないうちに、父を引き連れて戻ってきた。
「に、妊娠したって本当か?」
内密にと言ったのに、伝えてしまったらしい。しかし、言わなかったら父も来なかっただろうと、医者を責める気持ちをおさめる。
「はい。……そのことで話があります」
俺のただならぬ様子に、何かを感じ取ったらしい。興奮していた父は、難しい表情で近くの椅子に座った。
「話ってなんだ?」
「妊娠のことですが……蓮に、蓮沼家には言わないでほしいんです」
「言わないでって……何言ってるんだ?」
困惑するのも無理はない。
父は、俺が蓮と上手くいっていると勘違いしているからだ。
「まさか、お腹の子は……」
「蓮との子で間違いありません」
「それならどうして」
言ってしまったら、もう後戻りは出来ない。
蓮との別れが始まる。
恋心は悲鳴をあげているが、それよりも俺には大事なものがある。
「蓮には、他に好きな人がいるからです」
「どういうことだ?」
「蓮は凛のことがずっと好きでした。最初から……今まで。恋人でもありました」
「し、しかし。お前と結婚した時に、二人は別れたはずだろう?」
「そうですね……でも蓮の気持ちは変わりませんでした」
結婚する前の取り決め、実際の結婚生活、そしてこの前言われたこと。
俺は全てを包み隠さず話した。
最初は驚いていた父の表情が、話を聞くうちに険しくなっていった。
話が終わると、怒りで握りしめた拳が震えていた。
「そういうわけで、俺はこの子の存在がバレたくないんです。もし知られたら、とても面倒なことになるのは分かるでしょう?」
「お前は……それでいいのか」
「いいんです。最初から諦めていました」
もしかしたら話を聞いても、父は蓮の味方をするかと思っていた。
俺が我慢すればいいことだと、そう言う可能性もあった。
「蓮沼家を訴えてもいい。お前が犠牲になる必要は無いんだ」
しかし、父は俺の味方になってくれた。
蓮沼家を敵に回すとまで言ってくれた。その言葉だけで、俺の苦しみは少しだけ報われた気がした。
「いえ。俺はこの子を守れれば、それだけでいいんです。だから……もう、蓮とは一緒にいられません」
「そうか……これから、どうするつもりだ?」
「このまま帰りたくありません。……いや、帰れません」
「そうだな。お前の部屋は残っているし、嫌なら別荘に行ってもいい。蓮沼家には、私が伝えておこう」
「すみません。面倒をおかけします」
「迷惑じゃない。……今まで苦しんでいるのに、気づけなくて悪かった」
父は、深く頭を下げる。
悪いのは父じゃない。
凛に気持ちがあるのに結婚した蓮と、それを知っていて受け入れた俺だ。
この子は、俺みたいに不幸にしたくない。
一人で守っていく。そう決めた。
「これから、俺とこの子をお願いします」
お腹に手を当てる。まだ、この中にいる存在を感じられない。
でも、確かにここにいる。
絶対に守る。
蓮の顔が浮かんだが、すぐに頭から消した。
俺がいなくなったところで、どうせ蓮は気にしないはずだ。
むしろ、凛との生活に俺は邪魔だった。せいせいするだろう。
蓮のことを考えるのは、もう終わりにしなくては。
そう思ったけど、たぶんしばらくは無理だろう。
「さようなら、蓮」
別れの言葉と、こぼれ落ちた涙。
それは一番伝えたかった相手に、届くことは無かった。
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