第3話 望まれぬ結婚






 蓮の顔を見た瞬間、分かった。

 この結婚を、全く喜んでいないと。むしろ忌々しく思っているのを。


 それでも、家のために仕方なく受け入れている。そんな気持ちが、ひしひしと伝わってきた。


「それでは、式はいつにしましょうか」


「あまり時期を置いても良くないでしょうから、一ヶ月後とかはどうでしょう。婚姻届は、今日でいいですよね。発表は大々的に」


「そうしましょう。いやあ、今日はめでたいですな」


 俺達のことなんか気にせず、親は勝手に話を進めていく。盛り上がっている様子に反比例して、蓮の表情は険しくなった。

 きっと凛のことを思っているのだろう。


 今日はまだ、一度も目が合っていない。

 俺の顔すらも見たくないということか。


 胸が、ツキと針で刺されたように痛む。

 しかし表情を変えるわけにはいかないと、テーブルの下で太ももに爪を立てた。


「これで両家とも安泰ですな。あとは、子供が産まれてくれれば安心して引退出来ます」


「気が早いですよ。でもまあ、早いに越したことはないですね。うちのはじめも、もういい歳ですから」


 もう止めてくれ。なりふり構わず叫び出したかった。

 そんなことを話せば、蓮がもっと殻に閉じこもってしまう。俺の存在が疎ましくなる。

 嫌われたくない。


 しかし俺は、何も言えなかった。

 ただじっと、まっすぐ前を見ることしか出来なかった。


「それではもう少し詳しい話をしたいですから、あとは若い二人で。私達がいたら、気を抜けないだろうし」


「それはいい。ゆっくり仲を深めなさい。婚姻届は、こちらで処理しておくから」


 言いたいことだけ言うと、止める暇なく親達はその場から出て行ってしまった。

 婚姻届、自分で出せないのか。

 どこかで夢を見ていた結婚が、こんなにもあっけないもので、現実味が無かった。



 蓮と二人きりになり、気まずい沈黙が流れた。

 俺も彼の顔が見えなくなり、視線をテーブルに向けていた。


 それでも、何か言わないとと考えて口を開く。


「……悪い」


「それは、なんの謝罪なんだ?」


「いっ、ろいろと」


 蓮の声の冷たさに、体が震える。

 声も震えたが、なんとかごまかした。


「……凛のこと聞いた。……全く知らなかったから……」


「知っていたところで何も出来なかったよ。別に謝る必要は無い」


「……凛がまさか。それに蓮も俺と結婚なんて……い、いやだろう……?」


 自分で自分の首を絞める質問だ。

 答えなんて分かりきっているのに、どうして聞いてしまったのか。


「ああ。最悪だ」


 何を期待していたのだろう。

 ここで俺との結婚が嬉しいなんて、絶対に言うわけなんかないのに。


「そうだよな……悪い」


 泣くな。泣いたって、どうにもならない。

 さらに太ももに爪を食い込ませたが、それでも足りなくて唇を噛みしめた。


 このまま心臓が止まってしまえばいいのに。そうすれば、これ以上蓮の言葉で傷つくことは無い。


「でも、はじめと結婚する」


「別に、断ってもいいんだ。俺から父に伝える」


「いや。はじめと結婚した方が都合がいい」


 話を聞きたくない。

 嫌な予感に耳を塞ぎたかった。しかし体は、凍りついたように動かない。

 そうしている間にも、蓮の話が続けられる。


「俺は凛以外に愛することは無い。そして必ず、凛をこの手に取り戻そうと思っている」


「それで、どうして俺と結婚することになるんだ」


 どこか他人事のような気持ちになってきた。

 画面を通して見ているような、意識がぼんやりと膜を通しているみたいになる。

 現実逃避をしているのだ。それが分かったけど、状況が変わるわけではない。

 口が勝手に言葉を紡ぐ。


「凛との婚約関係が無くなったから、結婚を急かされるのは分かっていた。蓮沼家としては、醜聞になる前に、違う人間との結婚で話をうやむやにしたがっていると。でも俺は、別の人間を選ぶつもりなんてない」


「そこで……俺が登場ってわけか」


「ああ。はじめなら、俺が凛を好きなことは知っているだろう。それに結婚して、俺がはじめを愛さなくても構わないはずだ。今まで結婚していなかったのは、興味がなかったからじゃないか?」


「はは、そうだな」


 半分正解。

 結婚に興味が無かったのは、俺も蓮以外に考えられなかったからだ。愛してもらえなくて構わないはずがない。


「凛を取り戻すことが出来たら、すぐに離婚してもらう。さすがに知らない人間だったら、それは難しくなるだろう。下手すれば、凛の身に危険があるかもしれない。その点、はじめなら離婚を受け入れてくれるから安心出来る。もちろん、戸籍を汚すことになるから、その分の補償はするつもりだ」


 補償なんていらない。

 俺を愛して欲しい。俺と本当の結婚生活を送って欲しい。


 言葉はたくさん出てきた。でも口からは何も出ない。


「期限付きの結婚をして欲しいんだ」


 ああ、なんて残酷なお願いをするんだ。

 断りたい。断りたかったけど、もし俺が断ったら蓮は誰に頼むのかと思った。


 別の人と結婚をするぐらいなら、俺が……。


 破滅の道だと分かっていた。

 ずっと苦しむと、自分を追い詰めるだけだと。


「分かった」


 それでも俺は、全てを受け入れると決めた。

 蓮の幸せのために。

 期限付きの自分の幸せのために。




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