SS03 妊活と出産



 マドカと入籍してから2年が経った。


 俺が岡山に来て7年で、マドカが来てから2年半。

 俺たちは34歳になっていた。




 仕事の方は、特に大きな変化も無く順調だ。


 俺は相変わらず修行の日々で、マドカの方も調理や接客だけでなく女将さんの下で経営面(財務や労務の管理)の勉強もしていて、今ではお客さんからは『若女将』と呼ばれて人気者だ。

 因みに俺の方は若大将でも若旦那でも無く『ボーズのにーちゃん』と呼ばれている。 成田庵は昔からの常連さんも多くて、俺が修行始めたころから知ってる人も多いから仕方ないのだろうけど、マドカよりも長いことココで働いてるのにな。なんか納得いかない。




 プライベートの方では、夫婦仲はとても円満だと思う。


 家でも外でもずっと一緒だし、入籍して2年経っても未だに新婚夫婦みたいだなぁって思う。

 家だと相変わらずべったりだし、休みの日とかお出かけするのもずっと一緒。

 買い物行ったりドライブに出たり、ちょっと遠方まで美味しい物食べに行ったりで、やってることは昔とあまり変わらないけど、恋人同士だった頃と違って夫婦だと、わざわざ計画立ててデートするんじゃなくてお互い思い付きで「今日は美味しい魚料理食べに行きたいな」と休日の過ごし方を決めてる感じで、これも夫婦仲が良いからこそ出来ることだと思う。


 それに、これだけ一緒でも息が詰まるとか感じることは特に無いし、別々の仕事してた時だとお互いの都合とか色々気を使うけど、同じ仕事してるからそういうのも無くなり、むしろ常に二人セットで仕事もプライベートも考える様になっていた。

 まぁ、お店を独立したらコレが普通だろうし、夫婦で将来の為の修行してる訳だからこうなるのは当然なのかもしれないけど。


 また、たまにケンカというか俺が一方的に怒られたりすることはあるけど、高校生の頃からずっとそんな感じだったし、その日のウチに仲直り出来る程度でお互い後に引き摺ることも無く、やっぱり夫婦のことでは不安や問題を感じることは無かった。

 




 そして、夜の方も流石にペースは落としたけど、仕事に支障をきたさない程度にお互い楽しんでいる。


 女性は30代以降性欲が増すと聞いたことあるけど、マドカに限って言えば、その通りなのかもしれない。 20代後半は離れていたからマドカの性欲振りを知らないし、比較出来るわけじゃないけど、学生時代に比べたら明らかに今のが積極的だろう。

 俺の方も今のところは精力の衰えは感じていないので、今が一番お互い元気なのかも。




 そんな俺たち二人が現在抱えている悩みは、子供のことだった。


 マドカは、「授かりものだから、出来るまで自然に任せるしか無い」と言ってはいるけど、年齢的に後が無くなってきてるのに、気を使って言わないだけで本音は早く欲しいんだと思う。

 俺の方は、「欲しいけど、なる様にしかならないだろうな」と、最初の頃は結構ノー天気だった。


 そんな感じで、1年程前から避妊は止めている。

 でも今の所、妊娠はしていない。


 次第に、(1年も避妊無しでエッチしまくってるのに、妊娠しないと言うことは、どちらかに問題があるのだろうか)と思い始め、でもこの事でマドカとギスギスするのは嫌だし、マドカに不要な心労を掛けたくないし、何なら「俺は子供居なくてもマドカが居ればいいや」とか色々考える様になっていた。



 そんな時期に、ユーコさんが妊娠した。


 それで、結構悪阻が酷い様で体調も崩しがちだからお店の方はしばらくお休みすることになったが、以前に比べ従業員が増えたりマドカが戦力になってるからお店は特に問題も無く、また女将さんやマドカが頻繁にユーコさんの様子を見に行ってて、身の回りの世話なんかもしているようだった。


 そうなってくると、当然ユーコさんの赤ちゃんの話題で持ちきりになる。

 マドカ自身もユーコさんの話題を口にすることが多くなった。


 俺はそんなマドカを見ていると、余計に心配になっていた。

 子供が出来ないこともそうだし、今更だけど、もし27才の時に結婚してたらちゃんと子供が出来てたんじゃないか、とか色々ネガティブなことばかり考えてしまい、マドカも同じように気にしているんじゃないかって。




 ところが、そんな風に悩み始めた俺の様子に気付いてたマドカは、逆に俺が早く子供欲しくて焦っているんじゃないかと心配していた様で、ある日、夕食を食べた後にその事で話し合うことになった。




「マサくん、ユーコちゃんが妊娠してから様子が変だけど、子供の事で悩んでる?」


「うーん、ちょっとだけね」


「全然焦る必要は無いからね」


「でも1年くらい頑張ってるけどさっぱりだし、年齢的にもあまり余裕ないだろ?」


「あのね、30代でも妊娠出産は普通のことだからね。それに妊娠出来ないからって、そのことで夫婦仲がギスギスするとか絶対に嫌だからね」


「それは俺も全く同じ考えだよ。 ぶっちゃけると、俺は子供欲しいけど、「何が何でも絶対」とかじゃなくて、別に出来なくてもマドカと仲良く二人で居られるなら別にいいかなって思ってるし。 でも、そういう考え方は妊活に積極的じゃないみたいで、なんか悪い考え方にも思えるしで、それで最近少し悩んでた」


「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。私も全く同じ考えだから。 確かにユーコちゃんを見てると羨ましい気持ちはあるけど、ウチはウチって思ってるから妬ましいとか全然無いし、変に私に気を使わないでいいからね。 っていうか、私はマサくんの方が子供欲しくて焦ってると思ってたよ?」


「そうなの? 俺はマドカがプレッシャー感じて辛い思いしてるんじゃないかって思ってた」


「じゃあ今まで通り、自然に任せるでいいよね?」


「うん、もちろん」


 と、こんな感じでお互いのわだかまりみたいなものも一応解消されて、この日はいつも以上にイチャイチャして夜は盛り上がった。






 ◇






 で、それから2か月後。



「マサくん、相談があるんだけど」


「うん、どしたの?」


「最近、私の体調が良くなかったでしょ?」


「うん。仕事の方も少しセーブした方が良いんじゃないかって心配してた」


「それでね、今日仕事の後に病院行って来たの」


「え?病院?」


 事前に病院に行くことを聞いてなかったし、病院と聞いて最初に、何か重い病気にでもなったのか?と超不安になった。



「大丈夫なの?結構まずい病状なのか?」


「ううん。診断して貰ったらオメデタだって。9週目だって言われたの」


「へ? ちょっと待って、病院って産婦人科?妊娠してたの?」


「うん、妊娠してたの」


「マジか!?え?マドカが妊娠?マジかよ!」


「うん」


「と、とりあえず、おめでとう?」


「うふふ、ありがとう」


「でも、マドカは気付いてたの?」


「うん、悪阻とかはまだ酷く無いんだけど何となくね。 でも確信ないし病院行くこともハッキリ結果分るまでは言わない方が良いかなって思って」


「あぁ、俺が変に期待しないように様に気を使ってくれたのか」


「うん」


「そっか、申し訳ないな。 でも今日からは俺の事より自分の体を一番に考えてくれよな」


「うん、わかった。うふふ」


「しかし、そうかぁ、遂に俺もとーちゃんになるのかぁ」


「でもよかった。 妊娠のこと、マサくんも喜んでくれて」


「当たり前じゃん!嬉しいに決まってるじゃん! マドカも嬉しいでしょ?」


「もちろん」



 因みに、マドカが言うには、逆算すると二人で話し合った日の夜にヒットしたらしい。 

 あの日、二人で「自然に任せて、出来なかったら出来なかったでも良いよね」と確認しあったと言うのに、皮肉にもその日にヒットするとか、人生って案外こんなもんだよな、と二人で笑いあった。



 お店の方では翌日直ぐに女将さんに報告と相談をして、体調が優れないマドカに代わり、今度は安定期に入っているユーコさんがシフトに入る様にしてくれた。 とは言え、お互い大事な体なので、パートさんやアルバイトの子たちにも協力をお願いして、みんなも積極的に助けてくれて非常に有難かった。






 ◇





 ユーコさんの方は、翌年の4月に男の子を出産した。


 それから約3カ月後。



 マドカのお腹はとても目立つ程に大きくなっていたが、「レジ打ちくらいなら出来るから」と出産予定日の1か月前までお店で働いていた。

 もちろん妊娠前と違って短い時間だけだし、本人が無茶をしないように周りがちょっと神経質になるくらい大人しく働かせるようにしていた。


 この時期は、出産したばかりのユーコさんと出産間近のマドカの二人を抱えて、女将さんの心労というか負担はかなりのものだったと思う。

 でも、やはり女は強しというか、女将さんはお店の事をしながらも娘のユーコさんだけでなくマドカの事も色々世話してくれて、本当に有難かった。



 予定日まで1カ月を切り仕事も休養に入る頃には、流石にマドカも大人しくするようになってて、食事の用意や洗濯なんかは全部俺が仕事を終えてからする様にしていた。 買い物なんかも定休日に俺一人でまとめて買い出しに行くようにして、兎に角マドカには絶対安静にして貰い、予定日2日前となった。


 この日、かかりつけの産婦人科医院に入院することになっていた。

 早朝お店の開店準備を終えてから俺はお店を抜けさせて貰ってマドカを病院に連れて行き、午後からお店に戻って仕事の予定。

 因みに出産予定日の2日後は、朝の営業だけお店に出て残りはずっと病院で待機して出産を待つことにしていた。



 しかしこの日の朝、いつも俺が起きる時間よりも早くマドカに起こされた。



「どした?調子悪くなった?」


「多分だけど、今日産まれそう」


「うお!?マジか! 予定日明後日でしょ?」


「うん、でもお腹のハリというか陣痛っぽい痛みというか」


「かなり辛いのか?直ぐにでも出て来そう?」


「ううん。まだ辛いわけじゃないし出てくるまでもう少し時間かかると思う」


「おっけ。病院ってこの時間でも電話して大丈夫なのかな?」


「一応宿直の人が居るらしいけど、多分病院に来てくださいって言われるだけだと思う」


「了解。 今ならまだ自分で電話出来る?」


「うん、大丈夫だよ」


「なら直ぐ電話掛けて症状とか自分で説明してくれるか。俺はお店行って女将さんと大将に状況説明して開店準備も休ませて貰って来るから」


「うん、わかった」


「直ぐ戻って来るから、無理に体動かさずに休んでてよ」


「うん、朝からごめんね」


「謝ることじゃないから。兎に角無理しないようにね」




 お店の方で説明を済ませて直ぐにマドカの所に戻り、病院へ急いで向かうことにした。

 入院の為の準備は前日までに済ませていたので荷物を車に積み込んで、車も部屋の玄関前に横付けして、肩を貸す様にマドカを起こして車の後部座席に座らせた。


 出発直前に女将さんがお店から出て来て、マドカに向かって「マドカちゃんなら大丈夫だから!頑張っといで!」と声を掛けてくれて、マドカも「頑張ってきます」としっかり返事をしていた。






 病院に着くとまだ開院時間前だったのでマドカを車に残して俺だけ受付に行って名前を告げると、事前に電話で連絡していたお陰で直ぐに診察して貰えることになった。


 車を病院の入り口前のロータリーに移動して、看護師さんに手伝ってもらいながらマドカを降ろして、直ぐにストレッチャーに寝かせて運んで貰う。


 俺の方は、車を駐車場に戻してから入院用の荷物を持って院内に行くが、マドカがどこに居るか分からないし、妊婦さんとか沢山居るはずの産婦人科医院の中を勝手にウロウロするのも憚られたので、開院前の受付の待合スペースでじっと待つことにした。


 1時間程すると漸く看護師さんが呼びに来てくれて、待機室みたいなところに案内してくれて、マドカと面会することが出来た。


 その部屋でマドカはベッドで横になって休んでて、顔色は悪くなく落ち着いている様に見え、喋る様子も特に問題なさそうだった。



「どうだった?すぐに産まれそうとか言われた?」


「やっぱり今日には産まれるみたい。でも時間はもう少しかかるんじゃないかって」


「そっか。 とりあえず順調みたいで安心していいのかな?」


「うん。 まだ時間かかりそうだし、マサくんお店に戻っても大丈夫だよ」


「うーん、ちょっと病院の人に相談してみるよ」


 その他に、マドカや俺の実家への連絡をすると、今日中にマドカのお義母さんだけ岡山に来ることになって、泊まるホテルの手配とかをその場で済ませた。


 マドカと30分程色々確認やら相談をしてから、入院用の荷物をその部屋に置いたまま看護師さんの所へ相談しに行った。


 看護師さんが言うには、「多分夕方頃になるんじゃないかな。まだまだ時間かかると思いますから、午後お昼過ぎてからいらっしゃれば良いと思いますよ」とのことだったので、マドカのところに戻って「一旦お店に戻るわ。3時頃にまた来るね」と言い残して、お店に戻った。




 お昼前にお店に戻ることが出来たのでそのまま厨房に入って仕事をした。

 普段はスマホは邪魔になるから厨房の中では身に付けずにその辺に置きっぱなしにしていてたけど、この日は念のために着信音のボリューム上げて、仕事着のポケットに突っ込んでいつもの様に忙しく仕事をした。


 ピーク中、忙しいく動き回りつつも、やっぱり落ち着かなくてソワソワしながら仕事してて、でも1時間もするとソワソワも収まり、「男の子かなぁ、女の子かなぁ、俺、女の子だと良いなぁ」とか呑気に大将とお喋りしながら仕事をしていた。



 そんなちょっと気が緩んでいる時に、滅多にならない俺のスマホがけたたましく着信音を響かせた。


 慌てて画面を確認すると、マドカだった。


 産まれるの夕方ごろとか言ってたし、本人からの着信ってなんだろ?暇なのかな?と不思議に思いながら出ると


「もう産まれちゃったよ。直ぐ来れるかな?」


「はぁ?看護師さんとか夕方頃って言ってたじゃん」


「なんかね、マサくん帰ったあと結構直ぐに陣痛で辛くなって、直ぐに分娩室に移されて出産したの。 時間は12:15だったかな」


「マジかよ! 俺、そのまま残ってた方が良かったじゃん!」


「とりあえず、病院に来れる?」


「もちろん直ぐ行く! っていうか、どっちだった?」


「女の子だったよ」


「おぉ!でかした! 直ぐに行くからな!」



 っていうか、病院の人も連絡くれたっていいじゃん!

 なんでこんな大事なこと、病院は連絡くれないんだ?と若干イラっとしたけど、横で俺のやり取りを聞いていた大将が「マサキ、直ぐ行け!」と言ってくれたので、頭を直ぐに切り替えて「すんません!行ってきます!」と仕事着のままお店を飛び出して、自宅で車の鍵だけ取ると急いで車で向かった。



 病院に着いて受付で名前を告げると、マドカと赤ちゃんは今待機室に居ると教えて貰い、急いで待機室へ向う。


 走りたい気持ちを抑えてドキドキしながら廊下を歩き、部屋の前に立ち扉を開ける前に深呼吸。


 ノックするとマドカの「どうぞ」と返事が返って来たので、そっと静かに扉を開けて顔だけ覗かせる。


 部屋の中では、ベッドでマドカが体を起こしてこちらを見ていて、その横には午前中に来た時には無かった保育器があり、その中に赤ちゃんが寝ていた。



「マドカ、調子はどう?」


 恐る恐るという感じで、声を潜ませてマドカに話しかける。


「うん、大丈夫。赤ちゃんも私も無事で元気だよ」


「そっかぁ、よかったぁ」


「っていうか、なんで入口から話しかけてるの?入っておいでよ」


「あぁ、なんか赤ちゃん起こしちゃいそうで怖くて」


「もう、なによそれ。 ちゃんと娘の顔、見てあげて」


「うん」


 ようやく部屋に入ると、赤ちゃんよりも先にマドカの所へ行き、マドカを優しく抱きしめた。


「お疲れ様。大変だったのに傍に居なくて、ごめんな」


「ううん。急だったから仕方ないよ。私よりも赤ちゃんを労ってあげて」


「そうだね」



 マドカから体を離すと保育器の傍に寄って、寝ている赤ちゃんの顔をじっくりと見た。

 まだ生まれたばかりのこの日は、お母さん以外は赤ちゃんに触れるのは禁止されていたので、赤ちゃんの様子を眺めることしが出来なかった。



「初めまして、頑張ったな。君のとーちゃんだぞ」


「うふふ」


 多分先入観というか思い込みだけど、赤くて皺くちゃの顔をしてる赤ちゃんは、どことなくマドカに似ている気がした。



「マドカに似て可愛いな。この子絶対美人になるぞ。将来悪い虫が付かないか、今から心配だなぁ」


「もう、何言ってるのよ。うふふふ」


「それで、名前どうする?」


 事前に二人で名前を相談してはいたんだけど、結局、生まれて来て顔を見てから考えようってことにしていた。



「うーん、色々考えたけど、やっぱりマサくんに任せるよ」


「いいの?」


「うん。マサくん、お願い」


「じゃあ・・・・」


 赤ちゃんの顔をじっと見つめて考える。

 赤ちゃんは口を尖らせるようにして、すやすや寝ていた。



「この子には、ウソの無い誠実な人生を歩んで欲しいな」


「うん」


「セイカ。誠実のセイにマドカのカで、セイカってどう?」


「うん、セイカにしよ」


「え?そんな簡単に決めちゃっていいの?」


「うん。ちょっと変わった発音だけど、シンプルで綺麗な名前だと思うよ」


「そっか。マドカも賛成してくれるなら、セイカに決定だね」



 こうして、俺とマドカの娘が誕生した。


 俺とマドカは35歳で、俺が岡山に来て成田庵で修行を初めてから8年、マドカと結婚して丁度3年が経とうとしていた。




 










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