SS02 結婚式



 結婚式を8月に行うことが決まった。

 式場の予約の都合だった。


 費用は全部俺が出す。

 岡山に来てからの5年、決して多くない給料だったが、家賃と車の維持費くらいで食費も光熱費もほとんど掛かっていなかったからそれなりの預金が貯まっていた。

 とは言え、俺たち二人には将来の夢の為にもお金を貯めて行く必要があるので、予算はかなり抑えているけど。



 式のプランなどに関しても、マドカに任せっきりにすることなく今回は俺も一緒に考えた。



 式はチャペルで執り行う。

 招待するのは、両家の家族と成田夫妻と7月に結婚したばかりのユーコさん夫妻。

 そして今回は、形だけだが大将と女将さんご夫婦に仲人をお願いした。



 まぁ、プランと言っても至ってシンプル。


 みんなの前で夫婦になることを誓い、指輪の交換とキス。

 あとは式の後に写真撮影。


 衣装に関しては、ウェディングドレスは式の時だけなのでお色直しは無し。

 結婚指輪に関しては、5年前に用意した物をマドカがずっと保管していたので、俺の方だけサイズを直して使う。うどん屋でずっと働いて来たせいで、指の太さとか全然変わっちゃったからね。


 式の後は成田庵に移動して、披露宴の代わりの食事会。

 これには、式には出席していない成田庵で働くパートさんやアルバイトの子たちも参加。

 一般の結婚式の二次会みたいな感じだろうか。


 ここで、マドカからご両親へのお礼の手紙と、俺から皆さんへの挨拶をする。


 そして翌日から、二泊三日で四国へ新婚旅行へ行く。

 讃岐うどんの本場の香川に俺自身まだ行ったことが無いから、車で移動しながら讃岐の本場でうどん食べ歩きの予定。


 因みにお店の方は、定休日の翌日から二日を臨時休業にして3連休。

 連休の初日を式や食事会の準備にあてて、二日目に式を行い三日目に俺たち夫婦は新婚旅行に出かける。


 翌日からの二日間は俺たち夫婦抜きでの営業になるけど、大将も女将さんもまだまだ現役だし、結婚したユーコさんもその間は時間を増やして入ってくれることになっているから、お店の方は問題なさそうだ。


 こんな感じのプランを、女将さんたちに相談しながら二人で決めた。





 ◇





 そして、当日。

 8月のこの日は朝から日差しが強く、日中はかなり暑くなることが予想された。



 朝、普通に起きてシャワー浴びてからマドカ起こしてキッチンで歯を磨いてたら電話がかかって来た。ウチの親父から。



「マサキ、ちゃんとまだ家に居るか? マドカちゃんと一緒か?」


「ああ、今起きてシャワー浴びてからマドカ起こしたとこだよ。 朝からどしたの?」


「マサキが逃げていないか、確認だ!」


「・・・・」


 俺の怪訝な様子から「朝っぱらから何事?」とマドカも思ったのか、心配そうな顔で俺を見ていた。



「ウチの親父が俺が逃げて無いかの確認の電話して来た。 悪いけどマドカから「ちゃんと居るよ」って言ってあげてくれる?」


「ぶっ  わかった」


 マドカに電話を替わって貰うと、ちょっと笑いながらウチの親父を安心させるように説明してくれた。



 電話が終わったマドカに、「朝っぱらから変なことに付き合わせてすまん。朝食用意するからシャワー浴びておいで」と謝ると「逃げるなら今の内だよ?」とニヤニヤと楽しそうな顔で言われた。


 俺の過去の行いが悪かったのは分かっているし自業自得なのだけども、親父にしてもマドカにしてもちょっとだけイラっとしたので、パジャマ姿のマドカを肩に土嚢でも載せるように担いで「よし!今から逃げるぞ!今度はマドカも一緒だからな!」と、マドカを担いだまま玄関から出ようとすると「わぁぁ!ごめんごめん!もう揶揄わないから許して!」と直ぐに降参したので、玄関で肩から下して「俺の決意舐めるなよ!逃げるならマドカも一緒にだからな!」と強めに言ってギュっとハグした。


 俺にハグされてるマドカは「ううう、マサくんごめん~、私もずっと傍に居る~」と涙声で謝っていた。




 朝早くから二人で抱き合ってお互いの愛を再確認しあったが、あとで朝食食べていると、二人とも30過ぎて結婚式の朝から何やってんだ?とちょっと冷静になった。 やはり結婚式当日となると、俺も少し気持ちが高ぶって居るのかもしれない。






 ◇






 俺達は式場には9時入り。


 両家の両親は、昨日から岡山駅近くのホテルに泊まっており10時頃に式場に入る予定だったが、結局ウチの親もマドカのご両親も俺たちと同じように9時頃には式場に来ていた。



 俺とマドカは別々の部屋で準備をしていた。


 俺の方は、貸衣裳のタキシード着るだけなので直ぐに終わってしまい、両親や後から来ていた大将や女将さん達とロビーでコーヒー飲みながら雑談していた。


 しばらく時間を潰していると、マドカのお義父さんが呼びに来たのでマドカの控室へみんなで行くと、ウエディングドレスを着たマドカはイスに座ってて、メイクなどの準備が終わっていた。


 岡山に来た当時はショートカットだったマドカの髪は、約半年の間にセミショートまで伸びてて、今日は式用にヘアメイクされていた。



 ウチの両親は、マドカのウエディングドレス姿を見て、ハンカチで目頭を押さえていた。

 5年前のことを思い出させてしまったのかもしれない。




「マドカ、暑くない?大丈夫?」


「うん」


「凄く綺麗だよ。 純白のドレス、マドカに凄く似合ってる」


「マサくんもタキシード、格好いいよ」


 マドカはそう言って立ち上がると、俺のシャツを見ながらエリを直してくれた。


「ボーズ頭にタキシードって違和感凄いでしょ?」


「ううん、そんなことないよ。男らしくて格好いいよ」



 俺たち二人のやり取りを、家族たちみんなは微笑ましい笑顔で見守ってくれていた。










 式は滞りなく、そして厳かに進み、何事も無く無事に終わった。



 式の後の写真撮影では、二人での撮影で新婦であるマドカをお姫様抱っこして、マドカが俺の首に両手を回して頬にキスしている状態で撮影したのだが、俺のホッペにべっとりキスマークが付いていたことに俺だけ気が付かないまま次の集合写真を撮影して、そのままプランナーさんとかにもお礼の挨拶したりして、あとで控室に戻ってから頬のキスマークに気が付いて滅茶苦茶恥ずかしくなった。

 でも撮影し直すことは当然出来ないし、マドカや親に恨み言を言ったら、「5年越しの罰ゲーム」と言われた。




 次は成田庵での食事会だったので、移動前に式場で着替えを済ませた。

 と言っても披露宴とは違うのでドレスやスーツでは無く自前の服で、マドカは白いノースリーブのワンピース。俺は白いYシャツにマドカが選んだ水色のネクタイ。 そして、5年前にマドカがプレゼントしてくれて逃亡時に置いて来たネクタイピンをマドカが保管してくれていたので、それを付けた。






 ◇






 食事会は、ユーコさんが幹事兼進行をしてくれて、大将の乾杯の音頭でスタートした。


 食事は、仕出しやデリバリーなどで用意して、飲み物はお店の冷蔵庫から各自ご自由に、と皆さんが気楽に楽しめるようにした。


 そして、二人の共同作業として、ケーキ入刀もした。

 二人でうどんを作る案もあったが、既に3月に三家揃った時に1度やってしまっているし、三家以外の出席者は成田庵の従業員しか居ないので、「うどんはもうええやろ」ってことで、スタンダードにケーキ入刀にした。



 その後は、送られてきた電報が紹介されたのだが、その中には5年前の結婚式の時に招待していた友人達の若干嫌味の籠った祝福のメッセージや、ファミレス店長時代の上司からのメッセージなどもあり、今更申し訳ない気持ちが湧いて来た。


 俺は飲めないお酒をしこたま飲まされベロベロになりながらも、食事会は終始和やかに進み、最後にマドカからご両親への手紙と、俺からの皆さんへのお礼の挨拶を行った。












『マドカからご両親への手紙』



 お父さん、お母さん。これまで育ててくれて、ありがとうございました。

 そして、長年の私の我儘に付き合ってくれて、ありがとうございます。


 お陰で、マサキさんと一緒になることが出来ました。

 特にこの5年の間、お二人が私を厳しく叱ってくれて、そして私の気持ちを尊重してくれてやりたいようにさせてくれたことに、感謝の気持ちしかありません。


 32年間お世話になりました。


 これからはお二人から学んだことを胸にお父さんやお母さんの様な夫婦を目指して、マサキさんを支えられるように岡山で頑張っていきます。


 お二人もお体に気を付けて、元気に健やかにお過ごしください。



 パパ、ママ、ありがとう。

 私、幸せになるね。













 マドカの手紙に、みんな涙を零していた。

 マドカ本人も泣きながら、なんとか読み上げた。


 そして、俺が一番泣いた。

 酔っぱらっていたせいか、申し訳ない気持ちと有難い気持ちがゴチャゴチャで、この後に俺もスピーチがあると言うのにエグエグ泣いてしまった。



「ちょっと顔洗って来る」と言って席を外して、お手洗いで顔をバシャバシャ洗って、少し酔いを醒まそうと外に出て自販機で缶コーヒーを買って、日陰に座って休憩をした。


 5分程すると、慌てたマドカが探しに来た。


「もう!こんなとこに居たんだ」


「うん、酔い醒まそうと思って休んでた」


「ちょっと心配しちゃったよ」


「ああ、また逃げたと思った? 今朝言っただろ?逃げる時はマドカも一緒だって。っていうか、もう逃げないよ」


「うん、分かってる。分かってるつもりだけど心配にもなるの」


「トラウマにさせちゃったからな、申し訳ない」


「大丈夫だよ。こうして傍に居るんだから」


「そっか。 そろそろ戻るか」


「うん」




 酔いが少しマシになったので、店内に戻ると早速俺から皆さんへ挨拶をした。


 内容は、カンペ無しで思った事をそのまま伝えることにした。











 父さん、母さん、5年間心配かけてすみませんでした。

 お義父さん、お義母さん、5年前、逃げ出して申し訳ございませんでした。

 大将、女将さん、ユーコさん、5年前、俺みたいな怪しい男を拾ってくれて、ありがとうございました。


 マドカ。

 16才の夏、俺に告白してくれて、ありがとう。

 そしてこの5年間俺を探してくれて、見つけ出してくれて、ありがとう。


 5年間、成田庵で修行しながら穏やかな気持ちで色々考えてきたけど、マドカと再会して更に今までの自分の行いを省みることが出来ました。


 今、僕は幸せです。

 それは、間違いなくマドカのお陰です。


 今度はもうこの幸せを絶対に手放しません。

 これからずっと一緒に居て下さい。


 皆さん、本日はありがとうございました。


 まだまだ未熟な僕達ですが、これまで通り厳しく、そして温かく見守って下さい。

 これからもよろしくお願いします。











 まだ酔いが残ってるから、自分でも途中から何言ってるのかわからなくなってきたけど、なんとか最後まで言い終えると、皆さんから大きな拍手が沸き上がった。


 隣に座るマドカはスピーチの途中から俺の手を握ってて、ずっとハンカチで涙を拭いていた。


 俺の方は泣けなかった。

 酔いと緊張の中でちゃんと話そうと必死だったからね。









 こうして俺たちの5年越しの結婚式は無事に終わった。


 復縁当初は式は無しと考えていたけど、やっぱりやって良かったと思う。 

 今の俺たちにとって結婚式って、俺にとっては禊の様な、マドカにとってはトラウマの克服の様な、そんな物を感じることが出来た。
















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