#41 逃亡の末に掴んだ幸せ




 3月の頭に、俺の両親とマドカの両親が揃って岡山にやって来た。


 マドカが言うには、俺が失踪した後、両家は揉めるどころかお互いが自分んちの息子(娘)が一方的に悪いと謝罪し合い、相手の家を責める様なことは一切なかったそうだ。 


 マドカ自身も、度々俺の実家を訪れ、俺の捜索状況の報告などをしていたそうで、12月に俺を見つけた時点で俺の両親にも報告していたらしい。

 ただ、見つけたからと言って直ぐに捕まえようとすると、俺のことだから再び逃亡を謀る可能性が高い為、俺の両親は「必ず説得してくる」と意気込むマドカに全て任せたそうだ。 そして、そのマドカも背水の陣で挑む為に、仕事を辞めマンションも解約し、マンションの家具や家電なんかも全て処分してきて、あの日、敢えて宿も取らずに俺に会いに来た、ということだった。







 3月最初の定休日午前10時頃、岡山駅の新幹線改札口前でマドカと二人で両親たちが来るのを待っていた。


 改札の向こうの人ごみの中を両家の両親4人がニコニコしながら歩いて来るのを見つけると、俺はマドカと再会した時以上にビビり始めた。



 4人が改札を通って出てきて、マドカが「遠いところありがとうね」と自分の両親に声を掛けるのと同時に、俺はその場で土下座して、額を床に擦り付けた。



「結婚式!すっぽかして逃げ出して!申し訳、ございませんでしたぁ!」



 平日とは言え、周りには沢山の人が行き交っている。

 俺が大声で土下座謝罪した瞬間、辺りがシーンとなったのが分った。


 ぶわぁっと汗が噴き出して来たと思ったら、首根っこ掴まれて無理矢理上半身を起こされた。


 首が締まって「んぎぇ」と変な声が漏れた。

 首根っこ掴んでいたのは、マドカだった。



「場所考えて!こんなところでナニ考えてるの!」


 両親たち4人は、唖然とした表情で俺たち二人を見ていた。

 俺を叱るマドカの表情は、今まで見てきたどの表情よりも、恐ろしかった。


「はい・・・すんません・・・」






 ◇







 俺とマドカで別々の車(マドカはユーコさんの車を貸して貰った)に分かれてそれぞれの両親を乗せて成田庵まで移動した。


 道中、両親にしこたまお説教されたが、素直な気持ちでお説教を聞くことが出来た。

 また、「今度こそ、マドカちゃんを幸せにしないと、親子の縁を切る!」と言われ、俺も「肝に銘じとく」と答えた。



 成田庵に着くと、2階の自宅だと大人数は狭いので、定休日であるお店の方のお座敷席で、3家の挨拶と紹介をした。


 大将も女将さんもユーコさんも、俺とマドカの事を凄く褒めてくれて、俺たちの両親も大将たちに「今後とも、どうかよろしくお願いします」と頭を下げてくれていた。







 一通り紹介も済んで歓談を始め、しばらくしてお昼前になると俺とマドカで厨房に入り、俺は麺打ちを始め、マドカは炊飯したりお味噌汁や鶏やエビの天ぷらの準備を始めた。


 麺打ちが終わると、麺を茹で始め、マドカは天ぷらを揚げ始めた。

 丼ぶりを温めながら二人で協力して盛り付けて行く。


 俺たち二人で9人分の天ぷらうどん定食を用意した。


 マドカはまだまだ慣れていないし盛り付けも綺麗には出来ないけど、俺たち二人だけで協力して調理した物を提供するのは初めてだった。



 大将や女将さんからは「これからこれから。まだ勉強始めたばかりじゃからね」と言って貰えた。


 ウチの両親は「麺を打っとるマサキ、別人みたいだわ」と言っていた。


 マドカのご両親からは「二人でこの道を選んだのなら、頑張りなさい」と言って貰えた。




 皆さんから励ましの言葉を貰い、それぞれ食べ始めたのを確認してから、俺とマドカも席に着いて食事を始めた。


 マドカは、俺の打ったうどんを食べながら、ポロポロ涙を零し始めた。

 その様子を見て、俺もマドカが揚げた鶏天を食べながら、涙と鼻水が止まらなくなった。

 今の俺たちの涙は、悲しみや悔しさの涙じゃない。 喜びと安堵の涙だ。


 俺の両親もマドカのご両親も過去の事を赦してくれて、再び婚約したことを認めてくれて、そして二人で一緒にうどん屋の道を選んだことを応援してくれたことが、堪らなく嬉しかった。

 きっと、マドカの涙も同じ気持ちだったからだろう。









 約5年前、俺は怒りと失望で、逃げ出した。


 その結果、マドカを傷つけ、俺も後悔した。


 でも、あの時、逃げ出さずに結婚していたらどうなっていただろうか?とも考える。

 お互い包み隠さず全てを話し合って、解決出来たか?


 正直言って、俺はそうは思えない。

 多分、若かったあの頃の俺たちは、お互いダメになっていたと思う。


 きっと傍に居たら俺は更に怒り・失望・恐怖の気持ちが強くなり、その感情や疑いの気持ちをマドカへぶつけたり怯えたりし続けていただろう。 そして、マドカも本人が言う様に、罪悪感で精神的に持たなかったんじゃないかと思う。



 結果論ではあるけど、今、再び手を取り合い将来の夢に向かって二人で歩くことが出来るこの幸せを手に入れられたのは、俺の逃亡という暴挙によってそれぞれが冷静に自分を見つめ直す時間を過ごすことが出来たからだと思う。



 それと、間違いなく言えることは、俺の逃亡劇は決して一人で完結出来た訳じゃない。


 マドカが居たからこそだ。

 マドカが俺を見つけ出して、再び捕まえてくれたからだ。


 俺は逃亡の末、マドカの深い執念と愛情を知り、逃亡する前以上の幸せを手に入れることが出来たと思っている。




 だから今度こそ、君の手を離さず一緒に歩いて行こう。


















 本編、お終い。











 ______________



 最終話までお付き合い頂きまして、ありがとうございました。


 オマケで後日談ショートストーリーがあります。


 もう少しだけお付き合いお願い致します。


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