#38 逃亡の終わり




 帰り道、マドカが「お店の方に挨拶行くのに手ぶらは良くない」と言いだしたので、洋菓子屋さんに寄ってケーキを数種類選んで10個程包んで貰った。




 アパートに戻るとお店には寄らずに先に部屋に戻った。 先ほどマドカが泣いてしまったので、メイクを直す為だ。


 マドカはテーブルの前に座ってメイクをし始めると、俺に小言を言い始めた。


「マサくん、ヒゲが伸びてるから剃って。 あと、服ももう少し綺麗なのないの?」


「えー、休みの日はいつもこんなんだよ?」


「ダメ。普段は良くても今日はちゃんとして」


 昔は言われなくても身嗜みは気を付けていたが、うどん職人の修行を始めてからは自分の見た目に頓着しなくなった。 頭をボーズにしたのも洗うのとかセットするのが面倒だからだし、ヒゲも2~3日に1度シャワーのついでに剃る程度だった。


「お店の方たちは、マサくんにとって恩人なんでしょ? 相手の方は気にしないかもしれないけど、私が気になるの」


 なんか、言いようがすっかり奥さんだ。


「わかったよ。でも服はあるかな」


「とりあえずヒゲは剃って。服は私が見るから」


「了解。服はクローゼットの中にあるから」



 洗面所に行ってヒゲを剃って顔を洗って部屋に戻ると、マドカがクローゼットを開けて服を物色していた。


「こっち来てから服なんて下着と肌着くらいしか買ってないから、サイズ合わないかもだよ?」


「うーん」

 


 結局、マドカのチョイスでGパンとパーカーでマドカとお揃いの様な服を着ることになったが、数年ぶりにGパン履いたらウエストがキツくて苦しくて、ウエストのボタンを1つ外したままにした。


 二人とも準備が出来たので、改めてお店を訪ねて2階の大将たちの自宅へお邪魔した。







「この子が、婚約者の小島マドカさんです。 こちらが大将の成田テツジさんと奥さんのメイコさん、それと娘さんのユーコさん。 岡山に来てからずっとお世話になってる方たちね」


「初めまして、マドカと申します。 マサキさんが大変お世話になりました」


「遠いところよう来たね。マサキから話は聞いとるよ。 大変じゃったなぁ」


「お店にでぇれぇ(すごい)綺麗な子が訪ねて来たけぇ昨日はビックリしたわぁ。こんな綺麗なお嬢さん何年もほったらかしにしとったら、マサキくんおえんわ(ダメだわ)」


「うわ、ソレ絶対言われると思ってたらマジで言われた」



 大将たちへの紹介と挨拶は、終始和やかな雰囲気だった。

 マドカも緊張している様子だったが、笑顔で応対していた。


 俺の方から、今後はマドカも岡山に移住して、いずれ籍を入れることを話すと、女将さんから「ほんならマドカちゃんもウチで働いたら?そうせられぇ(そうしなよ)」と言ってくれ、マドカも「是非お願いします!」と即答したが、「大丈夫か?ずっと立ち仕事になるからハードだぞ?」と心配すると、「マサくんと一緒の時間が増えるし、マサくんの将来考えたら私もお店の事を勉強したい」と言ってくれて、俺からはそれ以上何も言わなかった。


 その様子を見た大将が「マサキがウチ来た時のこと思い出すなぁ、あの時のマサキもウチのが声掛けたら「お願いします!」って同じように返事しとったなぁ」とニカっと笑っていた。




 その後は、ユーコさんがお昼ご飯を用意してくれたので5人で食事をし、食後のデザートに手土産のケーキを食べながら今後の事を色々話し合った。


 マドカは、早速明日からお店で働くことになった。

 ただ、社会人歴がそれなりにあるマドカでも、客商売や接客の経験が無い為、まずは朝からお昼のシフトだけ入り、イチから仕事を覚えることに。


 また、住むところに関しては、俺の部屋は狭いし最初は近所にアパートを探すつもりだったが、マドカが難色を示して、結局俺の部屋でしばらく同居することになった。 

 ユーコさんの「どうせマサキくんの部屋、荷物とか全然無かろぉ、寝るだけしか使こうてないじゃろ?」との一言が決定打になった。

 部屋に関しては、一応大家さんには断っておこうと後で説明に行くことにし、同居に必要な布団や生活用品も後で買い物に行くことにした。


 また、結婚式はどうするのか、という話も出て、落ち着いたら入籍だけ済まして結婚式は考えていないと言うと、再びユーコさんから「ほな式だけでも挙げたら? 披露宴無しで式だけだったら、お金もそんなにかからんし予約も取りやすいと思うよ」と提案され、マドカも興味を示していたので、その方向で検討することになった。



 一通り話し合いも終わったのでマドカと一旦アパートに戻り、マドカを部屋に残して俺一人で近所に住む大家さんの所へ事情説明と同居のことを話しに行った。

 大家さんからは、「えーよえーよ」と二つ返事で許可が出た。


 アパートに戻るとマドカに頼んで、玄関の横にある表札に入れる名札を『山城マサキ 小島マドカ』と手書きで書いて貰った。


 早速書いて貰った名札を今まで白紙だった表札に掲示してみると、改めて、俺の逃亡生活が終わった実感が湧いて来た。

 



 ◇




 この日は、翌日の仕込みを夕方からするので、それまでに必要な買い物を済ませようと、俺の車で買い物に出かけ、マドカの布団や洗面用具やタオル等の生活用品を色々買い込んだ。


 お金は、マドカから返されたお金で全て支払った。

 最初マドカは自分で払おうとしたが、「こっちでの生活に必要な物は俺に面倒みさせてほしい」とお願いして、そうさせて貰った。



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