#37 婚約指輪、再び
マドカと繋いでいた手を一旦離して、ズボンのポケットから小さな布の巾着を取り出した。
取り出した巾着の口を開くと、中にはパールの指輪が入っていた。
「マドカ、今度こそ結婚の約束を守る。 この指輪を俺の手で着けさせてくれ」
「いつの間に持ってきてたの?」
「さっき部屋を出る前。マドカが洗面所に籠ってメイクしている間に、こっそりマドカのバックから拝借して、ズボンのポケットに忍ばせてた」
「むぅ、マサくん、昨日はまだ持っててって言ってたのに」
「細かいこと気にするな。 ボーズ頭のおっさんでもちょっとくらいロマンチックなサプライズしてもいいだろ?」
「わかった。 マサくんの手で指輪、着けて下さい」
「おっけ、任せろ」
マドカが俺に向けて左手を差し出してくれたので、慎重に薬指に指輪を通した。
「ふぅ、ちょっと緊張しちゃったぜ」
「もう!全然ロマンチックじゃないじゃん! でも、ありがと。一生大切にするね」
「うん。俺もマドカのこと、一生大切にするよ」
俺の言葉を聞いた途端、マドカは無言で抱き着いて来た。
5年ぶりだ。
マドカの抱擁は。
2月の朝、肌寒い中、マドカの体温を感じる。
「マドカの体、あったかいな」
「マサくんも、あったかいよ?」
お互いの存在を確かめることが出来た様な、安心感があった。
「ずっと、ごめんな。 それと、俺を見つけてくれて、ありがとうな」
「ううう」
今朝はまだ泣いていなかったマドカを、結局泣かせてしまった。
「諦めなくて良かったぁ。 生きててくれて良かったぁ。 また抱きしめることが出来て、良かったぁ」
「・・・・」
「大好きぃ、マサくん大好きぃ」 うわぁーん
「よしよし」って、背中をポンポンしながらあやした。
◇
帰り道も手を繋いで歩いた。
「マサくんは、5年前は私のこと凄く怒って失踪したんでしょ? なのにどうして許してくれたの?」
「うーん、時間とココの環境のお陰だろうなぁ。 花蓮様の話、もし5年前にマドカの口から聞いてたら、多分耐えられずに許せなかったと思う。実際に一度は歩み寄ろうと考えたけど、結局ダメだったし。 でも、失踪したことを正当化する訳じゃないけど、ココの土地で穏やかな生活を過ごしてるウチに、マドカへの怒りとか消えちゃってさ、マドカのこと思い出したりしても「俺のこと忘れて、幸せになっててくれればいいな」って思ってたくらいで」
「むぅ、忘れる訳ないでしょ?」
「うん、それはもう充分分ったよ。 で、そんな心境に辿り着くのに時間が必要だったんだと思う。 そこからマドカと再会して、マドカの話聞いたら俺にも凄い罪悪感湧いて来てさ、素直な気持ちで反省出来た。 あとは少し意地なんかも残ってたけど、マドカがマジ切れしたの見て、ビビって降参」
「確かに、時間は必要だったんだろうね。 私も当時は、マサくんにお店のアルバイトのこと絶対に言えないって思って精神的にもおかしくなってたし。 一人になって、これまでの時間で色々経験して色々考えたから、今日全部話すことが出来たんだと思う」
「あとは、恋人としての10年だろうな。あの頃は10年っていう付き合いの長さが、ショックや怒りが大きくなる要因になってたけど、なんだかんだ言っても10年の付き合いで築いた絆って、馬鹿に出来ないって今は思うよ。 ボーズ頭の俺をヒト目見ただけで直ぐ判るとか、マドカがマジ切れしてるの見て、本能的に「まずい」って危険察知して直ぐに降参するとか、お互いのことよく解ってるからこそだと思うよ」
「マジ切れマジ切れって言うけど、私マジ切れしてないからね? ちょっとだけお仕事モード入っただけだからね?」
「え?お仕事モードって、花蓮女王様?」
「ちっがうから! 会社でのお仕事モード! 私だってね、結婚式当日に相手に逃げられた女って陰口言われながらこの歳まで会社に居座ってたんだからね! 会社の中のセクハラパワハラ台風に比べれば、拗ねてるマサくんなんて全然余裕なんだから!」
「エェー・・・」
まぁ、確かにな。
直ぐに降参しちゃったし、チョロすぎかもな、今の俺。
「でも、俺の方も色々葛藤とかあったんだぜ? やっぱ人間不信気味になってたし、それなのにお店の大将とか女将さんは、娘さんとくっつけようとしたりするし。 他にも、大家さんとかお客さんとかがお見合い話持ってくるんだぜ? 超断りにくいっつーの」
「そうだよね・・・色々あるよね。でも、ホントにいいの? お店の方には凄くお世話になってるんでしょ?」
「ああ、大丈夫。 娘さん、既に婚約済で今年の夏にお嫁さんに行くこと決まってるから」
「そうなんだ。 あと、その、人間不信の方は、今はもういいの?」
「うーん、正直わからん。 でも「また裏切られるかも」っていう恐怖より、「信じたいな」っていう気持ちのが強いかな。 それに昨日マドカに再会してから罪悪感強すぎて「いらんこと考えんと、キチンと誠意見せにゃあかんやろ」って心境で、今は信じる信じないは二の次だね」
「じゃあ、後は私が頑張らないとだね。 マサくんが不安にならない様に、全力で愛しちゃうから」うふふふ
「それはそれで怖いな・・・」
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