#31 呪いと希望の茶封筒




 23時を過ぎると、俺の方が眠くて辛くなってきたので、アパートに戻ることにした。


 俺としては、受け入れると決めたが、まだ色々と話し合ったりするべきことがある以上は、一緒に寝るのは不味いと思った。まだ、はっきりとヨリ戻すとも籍入れるとも言ってないしな。

 なので、マドカには俺の部屋で寝て貰い、俺は車で寝ることにした。



 マドカに先にシャワーを浴びて貰い、待ってる間にマドカが持ってきた茶封筒を手に取ってみた。


 肌身離さず持っていたという茶封筒は、全体的に色褪せて折り目のところは破れかけてるし、本当に肌身離さず持っていたんだろう。大事そうに胸に抱きしめる姿からも容易に想像がついた。

 しかし、未だに『あてて』の漢字が分からないままだな。


 マドカがシャワーから出てくると、俺が手に持ってる茶封筒に気が付いて、話してくれた。


「その封筒は私にとってお守りだったの。 だってマサくんが最後にくれた物だからね。 書いてあるメッセージは別れの言葉だったし、最初は凄く辛い物だった。 でもマサくんの足取りを追って探し始めると、マサくんが残してくれたこの封筒が愛おしくなってたの。封筒がマサくんの存在を感じさせてくれるの。 何度も挫けそうになったけど、その封筒が私を支えてくれたの。マサくんの字を見てると「絶対にもう一度マサくんに会うんだ!」って気合が入るの」



 俺が最後に残したメッセージは、きっとマドカにとっては呪いであり希望でもあったんだろう。

 5年近く諦めずに俺のこと探してたんだもんな。

 その間、色々な人から諦めるように言われてきたはずだ。

 並大抵の執念じゃないだろう。


 俺が残した封筒1つが、マドカをここまで縛り付けたんだと思うと、申し訳ない気持ちが湧いて来る。


 でも、今夜は止めよう。

 流石に眠い。



 俺はさっさとシャワーを浴びて、毛布を持って車に行き、シートを倒した助手席で直ぐに眠りについた。




 ◇





 翌朝、5時に目が覚めたので、部屋には戻らずお店の方に顔を出した。

 2階に上がると、大将と女将さんが既に起きていたので、簡単に事情を話した。


 元婚約者で、高校1年から付き合ってて26で婚約して27の5月に結婚する予定だった。

 彼女のとある事情を知ってしまい、そのことで色々悩んで、仕返しするつもりで結婚式をすっぽかして逃げ出した。

 それから5年近く彼女は俺のことを探し続けて、去年の12月にココを突き止めて、1月いっぱいで仕事を辞めて住んでたマンションも引き払って、昨日こちらに来た。

 今後のことはこれから話し合うけど、俺をこのお店でこのまま働かせて欲しい。彼女は岡山に移住することを希望してて、俺もそれを受け入れることにした。


 

 俺の話を聞き終えた大将は「マサキの好きにせぃ」と言って、ニカっと笑っていた。

 女将さんも「より戻すんが一番ええんじゃろ。今度は大切にするんよ」と話してくれた。


 話してる間に、ユーコさんが二人分のおにぎりを用意してくれたので、おにぎり受け取って「あとでまた彼女連れて挨拶しに来ます」と言って、自分のアパートへ戻った。





 扉の鍵を静かに開けてそっと部屋に入ると、マドカはまだ寝ている様だった。


 貰ってきたおにぎりをテーブルに置いて、俺の布団で寝ているマドカの傍に座り、寝顔を眺める。



 すっぴんだけど、相変わらず整った綺麗な顔をしている。

 もうすぐ32歳って、言われないと誰も分らないだろうな。

 3つ下のユーコさんと比べても、若く見えるし。




 今日は、色々と話し合わなくてはいけない。


 花蓮女王様の件だって、避けては通れないだろう。

 お金の話もある。キャンセル料全額負担させたままは流石に不味い。

 あとは今後の生活か。マドカの住むところも確保しなくてはいけないし、落ち着いたら働く必要もあるだろう。


 それと、一番大事なのは、俺達の関係をどうするかだろうな。


 マドカは結婚に拘らないと言っていた。

 でも、はいそうですか、と終わりにするのはいくら何でもダメだろう。女性にとって27歳から32歳の5年って、結婚を済ませ子供も産んでいる人が多いだろう。 当然マドカもその予定だった。 そんな大事な5年を俺を探し出す為に費やしたのだ。

 これだけ執念と覚悟を見せてくれたマドカに対して、俺が出来る誠意って、結婚してずっと傍に居る事じゃないかって思う。



 あれ?ちょっと待てよ?


 色々話し合うのに、結婚前提で話すのか、話合った結果、結婚決めるのかで、全然違う話にならないか?

 花蓮女王様やお金のこと話し合う前に、まずは結婚どうするか決めるべき?




 俺はマドカを起こすことにした。



「マドカ、起きろ!朝だぞ!起きろ!」


「んん~Zzz」


「起きろ!大事な話がある!」


「うん~、おはよ、マサくん。うふふふ」


 寝ぼけてるのか、なんか嬉しそうな顔してる。


「起きたか?起きたな? 大事な話があるんだけど、座ってくれ」


「ん・・・」


「マドカ、俺と結婚したいか?」


「ん?結婚・・・え?」


 ようやく体を起こしたマドカだか、頭は寝ぐせでちょっとアホっぽくて可愛い。


「だから、マドカは岡山に来て、俺と結婚して岡山で一緒に暮らしたいか?って聞いてるの」


「それは、勿論そうだけど・・・結婚してくれるの?」


「マドカがそれを望むなら」


「・・・なんか急に話がうま過ぎない? 昨日は私に帰れって言ってたんだよ?」


「俺だって色々考えたの。 マドカに誠意見せようと思ったら、結婚してずっと傍に居るのが一番だって」


「うーん・・・っていうか、寝起きに聞く話?これ」


「確かにそれもそうだな。 ごめん、ちょっと焦り過ぎた。急に思い立って確認せずにはいられなかった」


「それならいいんだけど。 なんだか昨日マサくんは冷静沈着になったって話したばかりなのに、今日はどうしちゃったの?」


「俺にもわからん」




 なんか、浮足立ってるな。

 急に色々考えること出て来て、ちょっとパニくって冷静じゃないのかも。






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