#30 いつの世でも女のが強い
お茶を煎れ直して、カウンターでお喋りを続けた。
「俺たち、もっと話し合うべきこと沢山あると思うけど、今日は二人とも疲れてるだろ? 俺なんて朝5時から仕事してたからな。マドカも遠くから来て疲れてるだろ? 疲れてる時に話し合ってもたぶんロクな結論出ないし、明日は定休日だからゆっくりしながらのんびり考えようか」
「そうだね。 なんかマサくん、ちょっとだけ変わったね」
「頭ボーズだしな。体重も増えたし」
「見た目凄く変わったけど、見た目だけじゃなくて、落ち着き?冷静さ?なんか冷静さの種類が違うみたいな」
「冷静さの種類?難しいこと言うな」
「マサくんっていつも落ち着いてて冷静な人だったけど、以前の冷静さって、どこか冷めてる感じ?興味あまり無いのにお喋りとか相手してくれてる感じ。 でも、さっき話してた時に感じたのは、思慮深くて冷静沈着な感じ? 駆け引きしてる感じしてたし、私がついつい本気モードで強めに押したら、マサくん降参するのも早かったよね?「ココは早めに負けを認めた方が得策」とか考えたんでしょ?」
「いや、そうだけど。 っていうか、マドカも変ったよな。 以前はここまでズケズケ言わなかったし、俺なんかよりもずっと強くなってるし、迫力もあり過ぎ」
「私も30過ぎてるからね。 女がこの歳まで独身で働いてたら、強くなるよ」
「そうかもしれないなぁ」
「うふふ。 でも、こんな風にお喋り出来るなんて、今日家出る来るときは思いもしなかったなぁ」
マドカは湯呑を両手で包み込むように持ちながら、穏やかな表情をしている。
「俺なんてマドカ来るなんてこれっぽちも考えて無かったからな? 閉店作業しててめっちゃ気が抜けてる時だったから、ビビり過ぎて逃げようとしたくらいだし」
「あれは結構ショックだったよ? ひとの顔見た途端逃げ出そうとするんだもん」
「っていうか、良く見つけたな? 逃亡する時、色々やったんだけどな」
「静岡?」
「そうそう。 一度静岡行ってからUターンして高速使わずに岡山に来たんだよ」
「やっぱり。 マサくんのご両親から手紙見せて貰って、最初は静岡とか沼津とか三島とか1年位探したの。それで次は関東かと思ったけど、マサくんは多分東京には行かないと思って。マサくん出張で東京行くの毎回嫌がってたでしょ? それで埼玉とか千葉とか考えたんだけど、そもそもマサくんが態々足取り残す?わざとらしくない?って思う様になって、東じゃなくて西なんじゃないかって考えて。でも確かな情報が有るわけじゃないから興信所とか使う訳にもいかなくて、学生時代の友達とか仕事関係の知り合いとかで関西より西に住んでる人にいっぱい声かけてメールでマサくんの写真送って、何か情報無いかお願いしてたの。全部で50人以上にはお願いしたと思う」
「すげぇな・・・よくやるな」
「む、そもそもマサくんが失踪しなければ、ってそれは今更言ってもしょうがないよね。 それでね、学生時代の友達で結婚して倉敷に住んでる子が居てね。その子にもお願いしてたんだけど、12月にその子からメールで写真が送られてきて、ココのお店で働いてるマサくんが写ってたの。その子に詳しく聞いたら、岡山で人気のうどん屋でソレっぽい人居るの見たって。それで直ぐに岡山に飛んで来たの。12月に1度様子見に来てるんだよ?」
「え?マジで? 全然気づかなかったんだけど」
「うん。だって気付かれてまた逃げられたらダメでしょ? だから12月の時は本当にマサくんかを確認する為だけに来たの。 来てみて最初にマサくんの車見つけて確信持てたけど、どうしても本人の姿確認したくて、それでお店には入らずに外でずっと待ってて、お店閉店してからしばらくして出て来たの見て本人だって確認出来た。 びっくりしたよ。頭ボーズだし冬なのに外でも半袖で薄着だし、なんか体格もガッチリしてるし。 でもボーズ頭でも体格変っててもすぐにマサくんだって分ったよ。 どんなに変わってても私はマサくんを見間違えたりし無いんだって安心したもん」
「そっか」
俺もさっきマドカ見た時、同じ様なこと考えてたな。
「それからは、直ぐに会社で退職を申請して、マンションも解約の手続き進めて。 大変だったんだよ?マサくんの名義で契約してたから解約するのに」
「それもそうか。ごめん、そういうのは全然考えて無かったわ」
「それでね、本当は1月にでも岡山に来たかったんだけど、仕事の都合とかマンション解約の関係で少し時間かかって、1月末にようやく整理が終わって、それで今日来たの」
「でも今日来たの、遅い時間だったよな? まさか閉店まで待ってたのか?」
「うん。営業中だとお店にご迷惑掛けちゃうでしょ? 閉店するの待ってたの」
「マジか、っていうか、今日何時に岡山に来てたの?」
「岡山駅には18時過ぎに着いたよ。 最初から閉店後に訪ねるつもりだったから」
「そっか、それならそんなには外で待ってた訳じゃないのか」
「うん」
マドカと最後に会話したのって結婚式の前夜だったから、あれから4年と9ヵ月。
一度マドカの事を受け入れると決めてしまうと、その4年9ヵ月のブランクを意識しないで普通に話すことが出来ていた。
お互いいい歳した大人だしな。気持ちの切り替えも、昔と比べて上手く出来るようになったんだろう。
話している内容も、お互いハートにグサグサと突き刺さるようなデリケートな話題なのに、俺もマドカもまるで面白い話でも聞かせるみたいに少し興奮気味に喋っていた。 お互い遠慮よりも懐かしさが上回ってたんだとおもう。ぶっちゃけ話してて楽しかった。
自分で思うに、逃亡してからの年月やココの環境がマドカに対する怒りの感情を消してくれて、そしてマドカに対して素直な気持ちで反省と謝罪が出来るようにしてくれたんだと思う。
あとは、僅かに残ってた俺の意地とかプライドを、マドカの執念や覚悟が壊してくれたんだろうな。
まぁ、男の意地なんて所詮大したもんじゃないし、いつの世でも女のが強いってことだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます