#29 釜タマうどん
マドカを連れて、裏口からお店に入り厨房の照明と暖房入れ、マドカを客席に案内する。
俺がまだこの店で働く前に、いつも座っていた厨房の中が眺められる席に座って貰う。
因みに、閉店時のお店の出入りは自由にして良いって言われてる。休みの日とかよく一人で籠って麺打ちの練習とかしてるからね。
「すぐ用意出来るから」
「うん!」
厨房に入りマドカの視線を感じながら準備を始める。
しかし、冷蔵庫から今日の残りの麺と出汁を出そうとしたが、麺はあったけど出汁が残って無かった。ユーコさんが持って行ったのかな。
今から出汁取るの時間かかるし、ココは仕方ない。
讃岐うどんと言えばアレだしな。
「かけうどんの予定だったけど、出汁が残って無かったから釜タマでもいい?」
「釜タマ?」
「メニュー表に写真載ってるでしょ? おつゆ無しで卵の黄身と醤油だけで食べるの。讃岐うどん独特の食べ方だよ」
「釜タマ食べてみる!」
「おっけ。すぐ出来るから」
小さい鍋をコンロに掛け、その間にどんぶりも温めて置く。
冷蔵庫からネギや摺り下ろした生姜などの薬味も取り出し、沸騰した鍋に麺を2玉投入。
少し早めに麺を上げてしっかり湯切りしてから2つのどんぶりに均等に分けて、直ぐに玉子の黄身を1つづつ乗せる。
カウンター越しに1つをマドカの前に置き、もう1つを隣の席に置いた。
客席フロアに出て、マドカの隣の席に座り、ちょっと得意げに食べ方を説明する。
「黄身の上から醤油ぶっかけて、冷める前に手早くこんな風にかき混ぜて。 薬味は好みで。どんぶり熱いから気を付けてね」
「うん」
マドカは手を合わせてから醤油を手に取り、少し控えめに掛けて、恐る恐る箸で混ぜた。
「もっと豪快に混ぜないと、黄身が熱でかたまって上手く絡まないよ」
「こう?」
「そうそう」
そして、俺の方が緊張しながらマドカが一口食べる様子を見る。
頭の上に「!」マークが飛び出たみたいに驚いた表情。
「なんか変わってるけど、麺が凄く美味しいね! 腰が強くてツルツルしてる」
「そうそう、讃岐うどんは麺の腰と喉越しがウリなんだ。 釜タマはその麺の良さを楽しむ食べ方なんだよ」
「初めて食べたけど、ちょっとクセになりそう」
「俺はこの店で初めて食べて、すっかりハマって毎日通うようになったんだ。 そのお陰で女将さんたちに気に入って貰えて、ココで働いてみないかって誘ってもらえたんだよ」
「へぇ、なんだか凄いね。でも、ファミレスの店長よりもうどん職人のがマサくんに似合ってるかも」
「自分でもそう思ったよ」
「ふふふ」
二人ともお腹が空いていたせいか、あっという間にペロリと食べ終えた。
「お茶入れるから、少し待ってて」
「私も手伝う」
「じゃあ、どんぶりを返却カウンターに運んでくれる?」
「うん」
どんぶりは軽く
薬味などを冷蔵庫へ戻し、使った鍋を洗って片付けを終了。
お茶を煎れた湯呑を二つもって1つをマドカの前に置いて、俺もカウンターに座る。
「ご馳走様でした。凄く美味しかった。 マサくん、本当に職人さんになったんだね」
「うん。ファミレス店長に比べて、体力使うし朝も早いから大変だけど、凄く充実してるよ」
「そっか。 マサくんはココで自分の道を見つけてるんだね」
「ああそうだな。 で、マドカはこれからどうするつもりなんだ?」
「私は・・・」
流石にそこまで準備出来てて、コッチに来てる訳じゃないよな。
俺だって準備に3カ月近くかけて来たけど、賃貸アパート借りるくらいしか出来なかったし。
「まぁ今日はいいか、急がなくても。 明日ゆっくり考えよう」
「うん・・・」
「そういえば、ご両親には連絡したの? こっちにしばらく居るつもりなんでしょ?」
「うん。しばらくっていうか、帰らないかもって言ってあるよ」
「マジか」
「でも、ママには一応連絡したほうがいいよね。ちょっとだけ電話して来てもいい?」
「うん。遠慮なくどうぞ」
そう断ると、マドカはスマホを持ってテーブル席へ移動して通話を始めたが、5分程で戻って来た。
「やけに早いな。大丈夫なの?」
「うん。 好きにしなさいって言われてるからね」
「そっか」
時計を見ると22時前だった。
いつもだったらそろそろ寝る時間だったけど、もう少しだけお喋りを続けることにした。
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