#27 結婚式当日の顛末



 時間は20時半を過ぎたばかりだった。


 この近くでこの時間だとファミレスかファーストフードか。

 だが、どう考えても他人に聞かれたくない話し合いになるに決まってるからな。



 はぁ

 俺の部屋しかないじゃん。



「こんな時間だし、俺の部屋でいい?」


「うん」



 お店のすぐ隣のアパートの1階にある俺の部屋に案内した。

 俺が玄関の鍵を開けている間、マドカは玄関扉の横の白紙の表札をじっと見つめていた。 



 部屋に入り照明を点けると、マドカのキャリーバッグを部屋の隅に置いて、エアコンの暖房を入れてテーブルの上のノートPCを片づけてから「少ししたら温まるから、座っててくれる?」と言って座って貰い、俺だけキッチンへ行きヤカンでお湯を沸かす。


 俺の部屋には、テレビもコタツも無い。 小さいテーブルと布団、後は持ち運べるノートPCと前の住人が置いて行った小さい食器棚だけだ。


 今までこの部屋に他人を入れたのはユーコさんだけで、マドカで二人目。

 そのユーコさんも、洗って貰った洗濯物や何か御裾分けとかあった時に持ってきてくれたついでに、お茶飲みながらお喋りしたくらいだ。



 お湯が沸くのを待つ間に、不揃いのマグカップ2つにインスタントコーヒーを用意する。

 お湯を注いでからマグカップ2つ手に持って「お待たせ」と言って、1つをマドカの前に置き、テーブルを挟んで対面に俺も座る。



 マドカはコーヒーに手を付けずに、じっと俺を見つめている。

 先ほどよりは落ち着いた様に見えるけど、何か言いたそうな表情だ。 でも無言のまま。




 ふぅ

 覚悟を決めるしか無いな。

 どう考えても、俺が悪いしな。



 俺は少し後ろに下がって正座に座り直し、背筋を伸ばしてから両手を床に着いて頭を下げた。


「結婚式、すっぽかして逃げて、申し訳ありませんでした」


「・・・・」


 何も言ってくれないから、頭上げずに下げた体勢のままじっと待つ。



「マサくんは、悪くないよ・・・全部、私のせいだから」


「いや、逃げ出した俺が悪い」


 頭を下げたまま答える。



「違うよ。 私がマサくんを追い詰めたんだよ。 私がマサくんの幸せを壊しちゃったんだよ」


「いや、それは違う。俺は自業自得だ。俺がマドカの幸せを壊したんだ」


 俺は頭を下げたまま、マドカの言葉を否定し、自分の罪を懺悔し続けた。




 お互いの主張が平行線のまま、また沈黙になると、マドカがごそごそとバックから何かを取り出す音が聞こえた。


「マサくん、コレをお返しします」


 顔を上げてテーブルの上を見ると、現金が置いてあった。


 そしてマドカの手には、逃亡する時に新居のテーブルに置いて来た茶封筒が握られていた。


 茶封筒はボロボロになってて、俺がその茶封筒に視線を向けたことに気付いたマドカは、それを胸に抱きしめた。



「この5年近く、ずっと肌身離さず持ってたの。 マサくんに会えたらちゃんと謝ってこのお金を返すつもりで」


「なんで・・・式場のキャンセル料だったのに」


「式場の方とかは、全部私が出したよ」


「はぁ? 全部って」


「式の日、いつまで経ってもマサくんが来なくて、マサくんのご両親が凄く慌ててて、でもその時、私、判ったの。マサくん、今日来ないんだ。私は、マサくんに、捨てられたんだって」


「ごめん・・・」


「ううん。ずっと不安だったの。 いつかマサくんに捨てられるって。いつもいつも不安で、マサくんと会ってる時だけが安心して居られて。 どうしようもないくらい不安な時は「会いたい」ってマサくんに連絡して、マサくんすぐに会いに来てくれて。 デートした時とかも家まで送ってもらっても、車から降りたらもう会えなくなるんじゃないかって凄く怖くて、いつも不安だった」

「マサくんの態度とか様子が少しづつおかしくなってきてたのはなんとなく感じてたんだよ。 だって私は10年以上ずっとマサくんの恋人だったんだから。マサくんのコトなら誰よりも解かるんだから」



 あぁ、そういえばそうだったな。

 式の2ヶ月前くらいからは、頻繁に会いたがってたし、デートの後は遅くまで車から降りようとしなかったっけ。 俺が考えてることも、当時から察してたってわけか。


 だから、式の前日の電話で『これからもずっと一緒に居てね』って言ってたんだな。



「だから式の日、マサくんが来てないって聞いてすぐにマサくんに電話したら電源が入ってないって分かった時、遂にこの日が来たんだって思ったの。 それでマサくんのお父さんがマンションまで見に行ってくれて、この封筒を持って帰って来て私に頭を下げてくれて。 でも、私が全部悪いの解ってたから、その場で私の両親とマサくんのご両親に全部話して、何度も謝って、式場のキャンセルも全部私が責任持ちますって謝って」


 マドカは、途中からボロボロ泣きながら結婚式当日の顛末を話してくれた。

 俺には嘘か本当か確かめようがないけど、きっと本当なんだろう。

 俺が知ってるマドカその物の行動だと思えた。



 マドカの話を聞いている間、ウエディングドレス姿で俺たちの家族や友人たちに一人で頭を下げるマドカの姿が、頭に浮かんでいた。











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