#25 変化



 岡山に移住して3年が過ぎて30歳になった。

 俺は三河弁と岡山弁と標準語がごちゃ混ぜになってて、自分でも何弁を喋っているのか分からなくなっていた。


 マドカのことはたまに思い出すこともあったけど、過去のこととして風化しつつあって、思い出した時でも気持ちがザワつくことなく「俺のこと忘れて幸せになってくれればいいな」と穏やかな気持ちで思える様になっていた。



 俺自身の方は、ずっと彼女無し。


 お店で麺打ってばかりだしな。

 出会いなんてありゃしない。


 と、強がってこんなこと言ってるけど、本音はただ怖い。


 女性恐怖症とかとは違うけど、10年以上信じ切ってたのに嘘付かれて騙されてたと思うと、新しく恋人を作ったところでどうせまた嘘付かれるんじゃないか、騙されるんじゃないかって思えて、恋人関係だとまた大きなダメージ受けると考えてしまい、怖い。


 そして、自分自身に「マドカのことを酷い捨て方した俺には、恋人作ったり結婚する資格は無い」と言い聞かせて、戒めることで臆病な自分を誤魔化していた。





 そして、今の俺には家族同然の人たちが居る。

 俺を拾ってくれて面倒を見てくれている成田庵の皆さんだ。


 俺は敢えて鈍感で気づいてないフリし続けているが、大将と女将さんは俺とユーコさんをくっ付けようとしている。 そして、ユーコさん本人もはっきり言われた訳では無いけど、俺に好意を持ってくれている。 四六時中一緒に居るから、気づかない方が無理があるけど、俺はそれでもスルーし続けている。


 どこぞの誰かも分からない身元も怪しい俺なんかを拾ってくれて、働かせてくれるだけじゃなく家族同然に迎え入れてくれて、とても恩義を感じているし、これからも職人の道を進みたいと思ってるから、親子で俺のことをこんな風に想ってくれるのはとてもありがたい。


 でも、こればかりは応えられない。


 俺は逃亡者だ。

 結婚詐欺と変わらない。

 俺の本性を知れば、きっと大将も女将さんもユーコさんも失望する。


 だから、俺はイチ従業員として働くだけだ。

 働いて恩を返す。

 俺にはコレしか出来ない。



 身近な人に裏切られるのは怖いが、今じゃ身近な人に失望されるのも怖い。


 皮肉な物だと思う。

 騙されて、騙して、その結果、裏切られるのも失望されるのも怖いなんて。




 ◇




 この年の秋、成田庵に岡山ローカルのテレビ局からグルメ番組の取材のオファーが来た。


 岡山県と香川県でしか放映されていないが、毎週2県の中で人気のある飲食店を紹介している地元では人気の番組で、これまで紹介したお店をまとめた本が出版されている程だった。


 当然、この番組で紹介されれば、客足は増える。

 お店の知名度も上がる。

 お店にとって大きなチャンスだ。


 そのテレビ局からオファーが来た。 


 大将と女将さんは取材を受けることに前向きだった。

 ユーコさんもノリノリだった。


 ただ、俺だけは乗り気じゃなかった。

 ローカル番組とは言え、テレビに映るなんてどこで嗅ぎつけられるか分かった物じゃないから。


 だからと言って、イチ従業員の俺の都合でこんなチャンスを不意にする訳にも行かず、取材を受けることに決まった。



 いっそのこと過去の全てを告白してしまおうかとも考えたけど、その結果この店を追い出されるのが怖くなり、ボヤかして少しだけ話すことにした。



 ・婚約を破談して逃げて、元婚約者だけでなく親にも見つからない様にしていること。

 ・見つかれば連れ戻されるか、再び大きなトラブルになる可能性があり、それが怖いこと。

 ・お店にも迷惑を掛けてしまう可能性があること。


 だから、テレビに映るのは不味いということを3人に話した。

 3人とも「そんなことじゃろうと思おとった」と結構あっけらかんとしてて、テレビの取材の件も、取材時に俺だけ映さない様にお願いしておこうってことで話が決まった。


 実際に取材時は俺にカメラを向けることは無かったし、後日放送をみんなで見たけど、俺は一切映ってなかった。





 ローカル番組とは言え、テレビ番組で紹介された影響は絶大だった。


 放送された翌日から連日大盛況で、特にお昼と夕方は客入りが増え、店先には行列が出来る程で、県外からも沢山来ていた。


 幸い、セルフのお店は客の回転が良い為、何時間も待たせてお客さんに迷惑を掛けるようなことは少なかったが、人手も食材も足りず、閉店時間前に暖簾を下げるほどだった。


 結局、新たにパートさんやアルバイトを雇い、厨房の冷蔵庫も今よりも大きい物に変えることになった。

 また、グルメ情報誌や地方誌なんかの取材を受けることも増えて、益々お店は好調だった。




 ◇




 そして翌年の秋、ユーコさんが婚約をした。

 相手は高校時代の同級生らしく、お店が定休日の日に挨拶に来た時に俺も一緒に同席したが、真面目で誠実そうな青年だった。


 俺には兄弟が居ないから、この頃にはユーコさんは妹の様な感覚で、婚約者やみんなが居る前で、俺一人だけ泣いてしまった。 大将も女将さんもそんな俺を見て笑っていたが、ユーコさんは俺に釣られて泣いていた。


 結婚式は来年の夏頃を予定しているらしく、それまでは今まで通りお店で働き、結婚したらお昼だけとかのパートとして続けることになった。




 しかし、好事魔多し。

 良いことや御目出度いことが続くと、その逆も起きる。


 俺にとっては「遂に年貢の納め時」と言うべきだが。






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