#24 充実した日々
俺が働くことになったうどん屋は『成田庵』という店名で、大将の成田テツジさんと、テツジさんの奥さんのメイコさんの二人で7年ほど前に始めたお店だ。
以前はパートさんなんかを雇ってたらしくて、娘のユーコさんは地元の短大を卒業するまではバイトで夕方手伝う程度で、短大卒業したら就職して一般の企業で働いていたらしい。 それが、パートさん辞めちゃったり新しい人雇ってもお店が忙しいからか続かなくてすぐ辞めちゃうとか続いて、ユーコさんが勤め先を辞めて本格的にお店で働く様になったそうだ。
大将は今48歳。女将さんは教えてくれなかった。ユーコさんは俺より3つ下の24歳だと言っていた。 大将も女将さんもユーコさんも、いつもニコニコしてて愛想が良くて凄く人懐っこくてお喋りさんで、俺としては気を使うことなく気が合うなと感じていた。
俺がバイトしてたスーパーは他の従業員やパートさんは、みんな会話はしてくれるんだけど、なんか警戒心とかずっとあって壁を感じてた。 三河弁喋る俺に対して警戒してる感じ? 後になって女将さんが教えてくれたけど、岡山県民の特徴らしい。
閉鎖的で余所者には警戒心強くて心開かないけど、身内にはフレンドリーで馴れ馴れしい。
つまりバイト先の方は、いつまで経っても俺は余所者扱いだったってことだった。
で、逆に俺の方は、女将さんたちに「なんで岡山なんかに来たん?」とか聞かれたけど、一生分の嘘付いて恋人騙したし、これからの人生はもう嘘付きたくないって思ってて、でも正直に全部話す程まだこの人たちのこと信用出来てる訳じゃなくて話も重すぎるから、「失恋してそれまでの生活嫌になって逃げてきました。岡山を選んだのは、知り合いの居ない全く知らない土地だからです」と話した。 嘘は付いていないハズだ。
そしたら3人とも「色々あるよね」って感じで、それ以上突っ込んで聞いたりせずに気を使ってくれて、女将さんからは「長い人生たまには骨休みも必要じゃろ」と言って笑いながら慰めてくれた。
成田庵での仕事を始めると、本当に三食おれの分も2階の自宅に用意してくれて、定休日でも食べにおいでって用意して呼んでくれて、家族同然で扱ってくれて、ユーコさんからも「一人暮らしで朝早くから夜まで働いてたら大変じゃろーから、洗濯物とか持って来られー、全部まとめて洗濯しちゃうから」とか言われて、食事だけじゃなくて生活全般お世話になってる感じになっていた。 所謂住み込みのお弟子さんに近い扱いなのかな。
過去の職歴(ファミレスの店長)については正直に話しておいた。
女将さんからは「じゃからいっつも厨房のなか覗いとったんじゃね」って言われた。
ユーコさんからも「道理で酔っ払いのお客さんあしらうん、上手なんじゃね」って言われた。
そういうこともあって、飲食業経験者としていきなり厨房の仕事から色々教えられて、俺も何でも覚えてやるようにしていた。
マニュアル化されたファミレスのオペレーションと違って、とにかくやることが多い。
お客さんからの注文を作るだけじゃなく食材の下準備や調理、出汁取ったり残量と入客次第で更に作る必要あるからピーク中でも大きい寸胴洗ったり、ご飯も洗米・炊飯・お釜洗ってまた洗米って感じでフル回転だし、食器は洗浄機使っててそこはファミレスと一緒だけど、洗った食器やトレイはじゃんじゃん拭き取ってすぐ使えるようにしないとあっという間に足りなくなるし。
ファミレスなんて、調理って言っても温めて盛りつけるだけだったり、食器やトレーなんかもアホみたいに在庫抱えてたからね。
ピーク時は兎に角息つく間もないくらい忙しい。
でも、凄く楽しかった。
ファミレス時代には感じなかったけど、俺にはこういう仕事が合ってるんだって思えた。
マドカのことは思い出さない訳では無かったけど、俺はうどん屋での修行を始め、忙しくも張り合いのある日々を送ってたお陰で、逃亡前の様に落ち込んだり怒りの感情が湧いたりすることなく、成田庵のみなさんと毎日ニコニコ楽しく過ごすことが出来るようになっていた。
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