2部

#22 逃亡から1年後




 朝5時に起き顔洗い仕事着(白い厨房服)に着替えると、直ぐに部屋を出る。

 アパートの隣にある店舗の裏口から入りると、既に大将が来ていて黙々と麺を打っていた。


「おはようございます!」


「おう、マサキ。 揚げ物いいか?」


「了解っす!」



 コンロには既に大きい寸胴が2つ火にかけられ、出汁をとっているところだ。

 俺はフライヤーの火を入れて、包丁を簡単に研いでから、たまねぎ、ピーマンを取り出し下準備を始める。


 ボール大に衣の準備をし、カットした野菜を素手でボールからフライヤーへと次々と投入し、天ぷらを大量に作っていく。 同じように、ちくわ、レンコン、鶏肉と揚げて行き、バッド3杯分を揚げ終える頃に女将さんが顔を出した。



「マサキくん、おはよ! 今日もご苦労さまね!」


「おはようございます!」


「揚げる方わたし見てるから、エビお願い」


「了解っす!」



 フライヤーの前を女将さんに譲り、まな板を一度洗い、冷蔵庫からエビの入った袋を1袋取り出して、ボールへ袋の中身を全部出す。 1匹づつ殻を剥き、全て剥き終えると今度は包丁を使って1匹づつ背ワタを取り出す。

 全部終わる頃には6時半。



「マサキくん、エビ貰うから今の内に朝ご飯食べとき」


「了解っす。 んじゃ行ってきます」


 下準備が終わった大量のエビをボールごと女将さんに渡して、俺は店舗の2階にある大将たち一家の自宅へ上がりキッチンのユーコさんに挨拶して食卓に座る。


「ユーコさん、おはようございます!」


「マサキくん、おはよう! 今日も早くからご苦労さんね」


「今日も美味しそう。 頂きます!」


「はいはい、ほな私も頂こ」


 2階で朝食を済ませると、また店に戻って朝7時からの営業開始。

 平日は朝から忙しい。

 初めて見た時は、「朝からうどん屋開いてるの!?」とビックリしたけど、このお店に限らず、こっちの地方だと結構普通のことらしく、朝仕事行く前に朝食でうどんを食べるのは、俺の地元の方で言う「朝は喫茶店でモーニング」の感覚に近いのかもしれない。



 営業が始まると、大将は再び麺打ち、俺は麺茹で、女将さんがご飯よそおったりサイドメニューの用意したり、ユーコさんはレジ打ちしたり食器洗ったりトッピング補充したりとテーブル掃除したり、と4人で回している。








 今、俺は讃岐うどんのお店で修行をしている。


 去年の5月の終わりに岡山へ移り住んで、しばらくはフリーターをしていたが、毎日朝夕と通っていたうどん屋で、女将さんに声掛けられて拾って貰った。




 移り住んでから知ったのだが、岡山県と香川県は瀬戸内海を挟んでいるのにテレビ局のエリアが一緒だったり文化や経済も密接な関係(俺の地元で言う東海3県みたいな関係)で、食文化も共通している。つまり岡山県でうどんと言えば、香川発祥の讃岐うどんのことなのだ。


 その讃岐うどんのお店がアパートのすぐ隣にあり、俺は岡山に辿り着いた日の内にその店に食べに行った。


 本場の讃岐うどんは初めてだったが、腰が強めでのど越しの良い麺を気に入ってすっかりハマってしまい、毎日朝と夕方そのお店に通うようになった。


 そのお店はセルフタイプ(注文聞いてその場で麺茹でて盛りつけ、サイドメニューはお客さんに自分で取って貰って、会計してから席で食べる。食べた後の食器はお客さんが返却カウンターへ片づける)のお店で朝7時~14時と夕方16時~20時まで営業していて、お店のご主人である大将と奥さんの女将さんと娘さんのユーコさんの家族3人で当時は切り盛りしていた。



 俺はお店に食べに行くと毎回決まって厨房の中が覗ける位置に座って食べていた。

 元飲食店で働いていた性で、厨房のオペレーションとか気になるんだよな。


 で、1週間もすると、女将さんやユーコさんに顔を覚えられ、「お兄さん、最近よく来よるね?学生さん?」とか「うどんばぁ食べて飽きんの?」とか声を掛けられるようになっていた。


 当時はお互い名前も知らない、知り合いとも呼べない間柄ではあったけど、全てを捨てて来たばかりで一人ぼっちの俺には、何気なく声を掛けて貰えることが嬉しくて温かくて、心が休まる唯一の場所だった。


 まぁこの頃は岡山弁で話しかけられてもいまいち理解しづらくて、返事は愛想笑いで誤魔化してばかりだったけどね。












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