#20 結婚式前夜



 24日夕方。

 静岡市内のビジネスホテルにて。

 

 今夜を何事も無くやり過ごすことが出来れば、第一目標である「結婚式当日のキャンセル」が成立する。


 なので、マドカとのメッセージや通話のやり取り、他にも家族とのやり取りは、最大限の注意を払い、逃亡していることは絶対にバレない様にしなくてはいけない。

 それと、相手からの連絡を無視すれば、何かあったのかと新居を訪ねられてバレる可能性があるから、無視は出来ない。


 あくまでいつも通りの対応が必要。 如何にも仕事から帰って新居でのんびり過ごしているかの様に見せる必要がある。


 ある意味、今回のミッションで一番重要な時間となるだろう。


 俺の演技力が試される。

 絶対に失敗は許されない。

 SMクラブ初体験で一度も射精しなかった俺の精神力を見せてやる。




 17時を過ぎてからマドカにメッセージを送る。


『朝からバタバタしてて返事出来なかった。ごめん。 いま仕事終わったところ』


『寝坊でもしたの?遅刻してない?大丈夫?』


 即レスで来た。

 多分、俺からの返信は仕事の定時過ぎになると分かってて、待ち構えてたのだろう。

 伊達に俺の彼女を10年もやっていないな。



『うん、なんとか大丈夫だった』


『もう!明日は遅刻したらダメだよ?』


『うん、既にスマホのアラームも7時でセットしてある。ちゃんと起きるから大丈夫だよ』


『念のためモーニングコールしようか?』


『マドカの方は朝から忙しくなるんでしょ? そこまでしなくても大丈夫だから。 これから帰るとこだし、また後で連絡するね』


『うん、わかった。また後でね』



 ふぅ~

 通話でも無いのに緊張するぜ。


 ひとまず最初の峠は越えられたか?

 っていうかマドカ、いつも以上に心配性な感じがするな。


 中々手強いな。

 流石、中級者の花蓮女王様だぜ。

 SMは関係ないか。



 今の内に夕飯の弁当を食べて、シャワーも浴びて、一旦実家に電話を掛けて何か異変は無いか探りを入れた。


 母親が電話に出たが、全く疑うことなく明日の式の時間のことを話していたので、安心して早々に通話を終了。



 やはり難敵なのは、マドカ本人だ。


 何度も言うが、マドカは俺の彼女を10年やってきた。

 下手したら俺の性格やクセなんかは、俺本人よりも把握している。


 それと、流石に今日だけは「会いたい」コールは無いとは思うが、怪しかったり心配になると直ぐ自分で車運転して新居へ来ちゃうからな。それだけは絶対に防がねばならん。





 俺から連絡すると伝えてたが、待てなかったのか19時にマドカから再びメッセージが来た。


『もうご飯は食べたかな?』


『うん。食べたしお風呂も入った。あとは寝るだけだね』


『明日の準備は?』


『大丈夫。もう終わってるよ』


『新郎謝辞のスピーチ、考えてくれた?』


『うん。ちゃんと紙に書いて用意してあるよ。 今日のマドカは心配性だなぁ』


『だって、緊張してるんだもん』


『そうだね、俺も緊張してるよ』 マドカとは別の理由で。


『明日、私たち本当に結婚するんだね』



 うう

 このメッセージは、胸が痛い。

 流石に罪悪感を感じる。


 イカンイカン、弱気になるな。

 マチルダ女王様の罵倒を思い出せ。

 あの女の精神攻撃はこんなもんじゃーなかったじゃないか。



『そうだね、俺たち結婚しちゃうんだね』


『今、後悔してない? 私と結婚すること』



 だから、なんで今日に限ってそういうことばかり!

 後悔しまくりだよ!

 プロポーズするんじゃなかったって何度も考えたよ!


 ぐぬぬぬ

 流石、中級者の花蓮女王様。

 精神的責め方が半端ないぜ。



 深呼吸してから返信を打つ。


『後悔なんてしてないよ。 後悔するくらいならプロポーズなんてしてない』


『そっか、そうだよね。ありがと』


『ううん、こっちこそありがとう』


『それにしても、長かったね。 付き合い始めてもうすぐ11年だよ?』


『そうか、16の夏だったからもうすぐ11年か。ホント長いな』


『あの時、私の告白に応えてくれてありがとうね。 でもまさかあの時は結婚までするとは思わなかったな』


『俺も結婚までは全く考えられなかったかな』


『ねね、ちょっとだけ通話してもいい?』


『いいけど、お父さんとかお母さんはいいのか? 最後の夜だからなんかあるんじゃないの?』


『うん、パパとママにはちゃんとお礼言ったよ。 今自分の部屋だし大丈夫だよ』


『了解』



 そしてマドカから通話の表示。



「もしもし?マサくん?」


「うん。急に通話したいってどうしたの?」


「マサくんの声聞きたくなったの」


「そっか。でも明日からは毎日声聞けるよ?」


「もう、今日聞きたかったの」


「そうなんだ」


「マサくん」


「うん?」


「今までずっと一緒に居てくれて、ありがとうね。それと、これからもずっと一緒に居てね」


「うん・・・」



 マドカの声は、最後の方震えていた。

 きっと感極まって泣いていたんだろう。


「じゃあもう寝るね!明日遅刻しないようにマサくんも早く寝るんだよ?」


「うん、俺ももう寝るよ」


「おやすみなさい」


「おやすみなさい」




 こうしてマドカとの最後の会話を終えた。

 そして、このままスマホを電源ごとオフにした。

 

 一生分の嘘を付いたな。


 これでマドカとは本当に別れるんだと思ったら、流石に泣いてしまった。


 


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