#11 沸き立つ怒り



 マドカと別れると決めてから、どうやって別れようか考えていた。


 普通に考えれば、興信所の報告書を突き付けて、別れを告げればいいだろう。



 だけど、正直言って、凄く面倒臭い。


 今、俺が置かれている状況が、物凄く理不尽に思えてきてて、それなのに何故まだ俺が骨を折らねばならんのだ?という気持ちが湧いてしまっている。

 要は、結婚するのは嫌だけど、別れ話するのも面倒臭い。ただの別れ話じゃなく、結婚の破談となると家族やその他のモロモロもあるし、こんな別れ話、厄介なコト極まりないしな。



 そんな気持ちで職場のファミレスで仕事をしてて、ふと学生時代にマドカに言われたことを思い出した。




『ファミレスだと学生のバイト多そうだね。ちょっと心配』



 今にして思えば、お前がそれを言うか?

 バイト学生よりSMクラブのおっさん客のが3倍くらい下心あるだろーが。

 固定客からのブランドバッグやらエッチな下着やらの貢物なんて、下心100%やんけ。

 まぁ、コレ言われたのは花蓮女王様になる前だったけど。それにしてもだ。


 それに、俺はこの10年、マドカ一筋で生きて来た。

 これだけは誰になんと言われようと胸張って言える。


 高校生の頃は、夢中でマドカのことしか考えていなかった。

 大学への進学だって、マドカを第一に考えて選んだ。

 大学へ進んでからだって、ずっとマドカに夢中だった。

 就職の時は、マドカと結婚することを考えながら決めた。


 自分で言うのも何だが、この10年、よそ見せずにマドカだけを見て来た。

 なのに、マドカは違ってた。


 ずっと見てたクセに気付けなかった俺が間抜けなのか?


 間抜けだというのは認めざるを得ないが、それに付け込んで、自分は隠れて好きなことしてたってことだよな。

 コレは俺に対しての侮辱であり裏切りであり、俺がこれまで育んできた愛情への冒涜では無いのか?



 もう、ここまで考えると、マドカに対しては怒りの感情が占めていた。


 だから、結婚を止めること、マドカと別れることに対して、誠意を見せる気が全然湧かない。

 むしろ、このまま馬鹿にされたまま終わるのもしゃくだとさえ思った。




 もうコレは俺にとっての戦いだ。

 ジハードだ。





 婚約破棄して別れた後のことを考える。



 俺は当分恋人とか結婚とかはいい。


 でもマドカはどうなんだろう。

 話し合いの上で破談となった場合、SM嬢であることは身内にはバレるが、大っぴらになることは無いだろう。

 となると、あの容姿だ。 婚約破棄されたことで多少は騒がれても、恐らく直ぐに別の相手が見つかり、無事に結婚出来るだろう。



 面白くない。



 だからと言って、今俺が握っている情報を大っぴらに公開したら、俺の立場も悪くなる。

 名誉棄損とか、プライバシーの侵害とか。

 やり過ぎだ、と俺が悪者になるだろうし。



 うーん










 ギリギリで、とんずらしちゃう?



 結婚式もマンションのことも予定通り進めて、引っ越しも済ませて、直前で俺だけ消えたら、大騒ぎになるだろうな。


 そして、後ろめたいはずのマドカはその理由に気付くだろう。

 自分自身にその理由があると。



 周りは当然マドカに聞くはずだ。


「何か聞いてないのか?」

「何か心辺りはないのか?」

「最近様子がおかしいことは無かったか?」


 理由を理解してるマドカにしてみれば、正に針のむしろだ。

 もしかしたら、俺が失踪した理由をマドカは自分から白状するかもしれない。


 結婚式直前で新郎が失踪するという前代未聞の大事件に、新婦がその原因が自分にあることを自覚し自ら告白する。

 もうこうなると精神的にも社会的にも大きなダメージを受けるだろう。


 当然俺にもダメージはあるが、俺が受けた痛みと相応の痛みをマドカにも味あわせたい。

 今俺がどれだけ苦しんでるのか、身を持って思い知って欲しい。


 それに、俺の事だましてたんだからな、俺にだまされても文句言えまい。

 面倒な別れ話をする必要も無いし、もうコレが一番な気がしてきた。




 そう思い至ると、今働いている職場への拘りとかも消え失せた。

 結婚意識して就職した会社だし。


 ただ無断退職は会社やお店に迷惑掛けてしまうから、ちゃんと退職手続きはしておこう。



 他にも家族のこととか色々考えるべきことはあるけど、まずは職場だけは早めに手を打っておこうと、この日の内にバイト時代にスカウトしてくれた当時のエリアマネージャーに連絡を取って退職の意思を伝えた。

 当然理由を聞かれたから、「婚約が破談になる予定なので、この土地を離れて心機一転やりなおしたい」と話すと、かなり驚かれ、別のエリアへの異動を提案されたが、全てをリセットしたいと丁重にお断りした。








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