自分が嫌い(自分の感情を制御できず泣く顔、共依存恋愛)
俺は俯いて話を続ける。
「あ~その……きっかけというか、かさぶたって剝がしたくなるだろ?肌の上にある異物を剝がして滑らかな肌触りが欲しいというか……その延長線上でニキビを潰すためだったんだ。手で触ったら綺麗に輪郭をなぞれるだろ?」
「噓」
俺を見つめるその目はまだ何かを聞きたそうだ。こんな表面だけの言葉じゃ彼女は納得していないようだ。
「それだけなの?それだけだったらもっとあるじゃない。それこそ薬塗るとか。そうじゃないの、もっと奥深く切るような……いやそぎ落とすこと良しとしたきっかけを教えて」
ならばもう、
「禊……お前自分が好きか?」
「……!あまり好きじゃない……」
そう言った瞬間、僅かに禊が反応した。だがその返答は悩んでいたのか、俯いてから答えられた。
「俺は大嫌いだ」
「どうして?少なくとも私は亮ちゃんの事、好きなのに」
「自分だからだよ」
「俺ってさ、お前と会ってからずっとこうなんて言うかさ、何があろうとマイペースでさ、あまり感情的な所って見せた事ないじゃん?」
「うん」
「なれないんだ」
「え?」
「感情的になれないんだ」
そこで初めて禊の手当をしていた手が止まった。
「何にも感動できなくて、ただありのままを受け入れて、ずっと気持ちが沈んでる」
そのまま話し続ける俺を見て、彼女押し黙って俺を見る。項垂れながら思いついた言葉をぽつぽつと引き出しながら俺は呟く。
「表情に出せる程、俺は感情が大きくない。きっと人が楽しいとか悲しいと感じる、泣いたり笑ったりするレベルと比べると、俺のその感情は何倍も薄いんだろうな」
「それの何が嫌いなの?」
「本題はここからだ」
俺を想ってのその声と比べると俺の喉から聞こえたそれは何倍も冷たかった。
「だけど欲望は高ぶると……止められないんだ。ずっと、溢れてくるんだ」
そう言うや否や、俺は禊を押し倒し近くにある物を手に取り、振り上げる。
禊は唐突な事では理解は出来ていないようだったが、俺の手に合った銀色に光るハサミを見た時、息を吞んでいた。
何かに刺さる音ともにその腕が振り下ろされたのは、彼女の足の付け根、太もものすぐ横の床だった。
だが、禊のその目は俺の事を見つめるばかりで何も言う事は無い。
その目に映る俺の顔は、一切動く事は無かった。その様子を見た俺はだらりと腕の力を抜き、向き彼女から離れ、背を向けて座る。
「俺はイかれてる」
「誰よりも独占的な愛情、どんな残酷な事も受け入れてしまう知的好奇心、いつかどうせ誰もが俺を裏切ると思っている人間不信、敵対心を抱いた者には一切躊躇の無い判断。世間一般で言うサイコパスに近いのは間違いない」
それを感情的に振りかざさないからマシなのか、無情に襲い掛かるから恐ろしいのか俺には解らない。
今は禊の顔を見たくない。禊にどう思われているかなんて、知りたくない。
「初めてお前を嚙んだ時、覚えてるか」
「うん……」
「その時、俺はやってしまったって思った。ずっと我慢していたんだ。とうとう抑えきれずにやってしまったって」
「その後、私に嚙ませた」
「ああ、これも同じだ」
先程まで手当を受けていた包帯の下をさする。そこは今も傷口からじわりじわりと痛みが沁みる。
「俺が抑えられない欲求を、痛い行為だと、相手を傷つけるものだと理解させる。自分を傷つけて止める……罰に……近いんだ」
自分が理解しているのは、これは本能に近く、一度開くと獣のように襲いかからんばかりに昂ぶり制御が出来ない。だから鞭を打つように、本能を、生存本能で押し潰す。
「痛みが……痛みだけが俺を正気にさせる。それが恐ろしい行為だと、自覚させる」
俺がそう言い終わった後、少しばかりの沈黙が訪れる。そこに含まれているのは困惑だろうか?それとも理解が追いついていないのだろうか?それとも俺の反応を窺っているのだろうか?
「なぁ、なんでだ?禊。なんではお前はそう簡単に……こんな奴を信じるんだ?」
全てを言い切る前に俺が感じたのは衝撃。
気付いた時には床に組み伏せられていた。背中の傷が痛む。
「ねぇ!なんで!?なんで信じてくれないの!?」
気迫迫る彼女に組み敷かれていた。口を嚙み締め、喉から手が出る息は荒い。
今まで見たことの無い彼女に思わず目を逸らしてしまう。
「こんなにも愛してるのに!?あなたのために全て受け入れるつもりだったのに!」
顔すれすれまでに近づけ激しく俺に怒鳴りつける。
「ねぇ!なんで!?どうして!?」
顔を掴まれ無理矢理にでも顔を合わせられる。
俺を見つめるその目は、いつもゆったりしたものでは無く、今にもその視線で俺を射殺さんばかりに鋭かった。
「どうしていつも……そんなに優しいの?」
その鋭い眼から雫が垂れる。堕ちた雫が俺の頬を滑る。
禊の顔から力が抜けたように口元が緩む。無表情に近いその顔で俺を見下ろす。
その問いに何も答えられない。その質問の意味が理解出来ない。
「どうしていつも……遠慮しているの?どうしてあたしに亮ちゃんの全部をぶつけてくれないの?」
「……お前を殺したくない」
なんとかひねり出した一言。
禊から感じる重圧からは、得も知れぬ危うさを感じる。
「このままエスカレートすれば、いずれ、引き返せなくなる……」
「わかった」
「だから……もう……っぐ!?」
「じゃあ逆にすればいいんだ」
口元を手で塞がれ、言葉を繋げる事が出来なくなる。
「ずっと受け身だったから悪かったんだ」
諦めたような、覚悟を決めたようなハッキリした物言いで俺の服に手を掛ける。
「今までしてくれたように、私なりに愛してあげるから」
禊が脱いだ服の下、俺の付けた嚙み傷が目立つ。
「ね?お願いだから……私から愛を押しつけてあげるから……抵抗しないで……?」
そう、禊はその手を俺の喉元に添える。
その声は弱弱しく、目に涙を滲ませ懇願する。
その口は笑っていた。
そんな彼女に、俺は喜びが抑えられなかった。
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