第30話 前辺境伯との話


レティシアが眠った後、前辺境伯の私室へと呼ばれていた。

話を聞きたいと言っていたが、俺も聞きたいことがあった。


部屋に入ってソファに座ると、酒の入ったジョッキを渡される。

この辺境伯領地でよく飲まれている度数の高い酒だった。


「あらためて、レティシアを助けだしてくれたことを感謝する。

 ありがとう。」


「いや、俺自身が助けだしたかったんだ。

 たまたま知っている人の孫で、俺の親戚でもあったが、

 そんな理由で助けたわけじゃない。」


「そうか…あの後、伯爵家がどうなったかわかるか?」


「伯爵夫人と娘二人のほうならわかる。

 伯爵が爵位を返上する前に離縁されて家を出ている。

 生家のコルベル伯爵家に身を寄せたのは良いが、

 住まいは本邸ではなく小さな離れだった。


 使用人もつけられず、自分たちで生活するようにと少しの金を渡されていた。

 当然、あの三人がそれに耐えられるわけがなく、

 コルベル家の跡継ぎを狙ったらしい。」


「跡継ぎを?娘のどちらかを結婚させるつもりだったのか?」


「ああ。コルベル家の一人息子と結婚させたかったようだ。

 だが、当主であるルリーア夫人の兄はルリーア夫人が嫌いなんだ。

 どうやらルリーア夫人がやらかしたことの影響で、

 当時の婚約者から婚約解消されたらしい。

 その後も結婚相手を見つけるのに苦労したようだ。」


「あぁ、あの王妃に文句言った件か。

 戦争回避のための同盟を結ぶ婚姻だったのにケチをつけたからな。

 王妃が許すように言わなければ処刑もありえた。

 その生家だからな…そんなところに嫁がせたくないだろう。」


「そんなわけで、娘を結婚相手にどうかと言ったルリーア夫人に、

 当主は全く取り合わなかったそうだ。

 だが、それであきらめるような三人ではなかった。

 当主の息子の寝台に忍び込んだらしい…しかも二人で。」


「……既成事実を作るつもりだったのか。

 だが、その娘たちはもう平民だろう?

 そんなことをしても結婚しなければならない責任などないぞ?」


貴族の娘であれば、傷物にしたのだから責任を取れということができる。

これが有効なのはその娘の生家や親せきを敵に回したくないからだ。

貴族ではなくなった平民でも、生家が強ければそれも言える。


だが、その生家である当主には何の意味もない。

後ろ盾が何もない平民など、そのまま放りだしてもお咎めが無いからだ。


「それだけじゃなく、その息子がまだ10歳だった。」


「はぁ?」


「14歳の娘二人がかりで10歳の子を襲おうとしたらしい。

 泣き叫ぶ声を聞いて侍女が助けに入り、未遂で済んだようだが…。

 当主は怒り狂って…夫人と娘二人を放り出した。

 三人はしかたなく教会に身を寄せたそうだが、

 やはり娘たちは我慢できなかったようだ。

 アリスは前男爵の後妻に、セシルは商人の愛人になったと。」


「……結婚したのなら、もうおとなしくなるか?」


「前男爵の後妻のほうは、もう四人目の後妻で、

 男爵家は長男が継いでいる状態だ。

 隠居している老人の後妻など立場はないようなものだし、

 成人前だから正式に婚姻したわけでもない。

 前男爵が亡くなれば追い出されるだろう。

 商人の愛人は、セシルの他にも愛人が3人いる。

 しかも全員を同じ屋敷に住まわせていて、争いが絶えないらしい。

 今は良くても、あきたら捨てられるだけだ。」


「……レティシアに害が無ければいいのだが。」


「もう二度と会うことは無い。何かあればすぐに報告が来るようにはしてある。

 それで、父親のほうだが…こちらに来ていないか?」


レティシアの父親である元伯爵シモンの足取りが、

爵位の返上後にここ辺境伯領地に来たところまではわかったが、

その後がわからなくなっていた。

おそらく前辺境伯が関わっていると思っていた。


「あの男はうちで雇った。」


「は?」


「うちは馬が多いからな。世話をさせている。

 レティシアがいる間は分家のほうに行かせているから、会うことは無い。」


「どうして、そんなことを。」


「あの男は領主に向いてなかった。

 それをわかっていて結婚したのはリディアだ。

 結婚後も領地経営には関わらせずにいたようだ。

 そんな状態で急に領地を何とかしろと言われてもできるものではない。


 レティシアを放置していたことは許せないが、リディアの責任もある。

 それに、あの男に何かあればレティシアは悲しむだろう。

 たとえ、愛してくれなかった父親であっても。」


「……。」


確かにそうかもしれない。

あれほど放置されていたのにもかかわらず、父親への不満を思い出すことがあるようだ。

本当にもう二度と会いたくないほど嫌っているのなら、口に出すのも嫌だろう。

文句を言うということは、裏返しの気持ちだ。

私を見て欲しい、愛してほしい、きっとその気持ちは生涯消えることは無い。


「いつかレティシアが自分から会いたいと言ったら会わせてもいいと思っている。

 あいつは領主としては最悪だが、馬丁としては最高の男だ。

 毎日汗水たらして真面目に働いている。

 そういう意味では不安はない。」


「そうか…わかった。

 もしレティシアが会いたいと言ったら、そのことを伝えよう。」


「そうしてくれ。」


今日のところはこれで部屋に戻ることにした。

明日から魔獣討伐が始まる。

少し飲むくらいならかまわないが、前辺境伯につきあって飲んだら使い物にならなくなる。

まだ飲み足らなさそうな前辺境伯を置いて、部屋に戻った。




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