第29話 辺境伯

反論もできずだまったら、そのまま縦抱きにされる。

驚いている間もなく、もう一度転移された。

次の瞬間には、もう辺境伯の屋敷の前に降ろされていた。



「え?」


「着いたよ。ここが辺境伯の屋敷だ。」


ここが辺境伯の屋敷…見上げても大きすぎて全体が見えない。

伯爵家の屋敷よりも何倍も大きな屋敷に戸惑ってしまう。


辺境伯とは侯爵家に匹敵する身分で、それ以上に国防としての役割を持ち、

この国の貴族の中でもかなりの上位にあると学園で学んだ。


学んだ時にはお母様の生家とはいえ、ほとんど交流が無かったのもあって、

とても偉い立場なのはわかったけれど私とはまったく関係ないと思っていた。

こうして大きな屋敷の前に立つと場違いなんじゃないかと不安になる。


本当に孫としてここに来て良かったのだろうか。


そう思ったら途端に落ち着かなくなってしまう。

縦抱きの状態から降ろされたのにも関わらず、そのまま師匠にしがみついた。

少しでも不安なことがあると、師匠にくっついてしまう癖ができていた。




「よく来たな!」


後ろからの大きな声に思わずびくっとしてしまう。

振り返ったら、銀髪を一つに束ねた長身の老人が立っていた。

老人ではあるけれど、鍛え上げられているのがよくわかる体格で帯剣している。

隣には老人よりももっと大きな身体の男性が二人、どちらも銀髪で短い。

三人とも目の色は緑色で、森のような深い色をしていた。


「レティシア、待っていた。」


今度は優しく笑いかけられ、ほっとして答えた。


「もしかして、お祖父様ですか?」


「おお、そうだ!お前の祖父だ!

 こいつらはお前の伯父だよ!」


お祖父様の隣にいた大きな男性二人はお母様のお兄様たちだった。

伯父様たちは大きな身体を少し屈むようにして視線を合わせて笑ってくれた。


「レティシア、よく来たな!お前の伯父で辺境伯のウィリアムだ。

 レティシアは本当にリディアと同じ色なんだな。

 小さいころのリディアにそっくりだ…。」


「俺はリディアの二番目の兄でジャックだ。辺境騎士団の団長をしている。

 …レティシアも魔術師として討伐に参加するんだよな?


 確かにリディアの小さいころにそっくりではあるんだが、

 レティシアはリディアよりもずいぶん細くて小さいな…。

 ちゃんと食べているのか?大丈夫か?

 父上?レティシアはもう成人しているって言ってなかったか?」


「そういえばそうか…。

 あまりにもリディアの小さいころにそっくりだったから気にしてなかったが、

 リディアの小さいころって10歳くらいだな。

 レティシアはもう成人していたんだった…。

 まさか食事もまともに取れないような生活だったのか?」



大きな三人に囲まれるように言われ、そんなに小さいのかと思う。

師匠からもお母様はたくましい感じだったと言われていたけど、

小さいころだったからかよく覚えていない。そんなに違うのだろうか。


どう答えればいいのかと困っていると師匠が代わりに答えてくれた。

お祖父様も伯父様も師匠から話を聞いていたはずだが、

細かなことまでは話していなかったようだ。


「レティシアは長年の魔力の使いすぎで成長が追い付いていない。

 塔に来た時は今よりも小さかったんだ。

 リディア様と違って剣技で鍛えたわけじゃないし、魔術でしか戦えない。


 いろいろと無理していたんだよ。

 塔に来て無駄な力を使わないようになって、ようやく成長するようになった。

 もう少し大きくなるとは思う。」


長年の魔力の使い過ぎ。私が小さいのはそれが原因だった。

変化をずっとかけ続けていたのもあるし、活動するのが夜だった。

昼間は妹たちの世話に学園に商会にと忙しく、まともに寝ていなかったのもある。

寝て回復するはずの魔力を回復しきらないうちにまた使う。

そんな風に酷使していたのが悪かったらしい。


塔に来てからは少しずつ大きくなってはいるが、年相応になるのはまだ先だ。

成長できていなかったと聞いて、お祖父様と伯父様たちが悲しそうな顔になった。



「そうか…。

 レティシアにだけ苦労をかけさせて、すまなかったな。

 リディアが苦労するのは自分で選んだ道だと思っていたんだが、

 レティシアがそのせいで苦労するのは違っている。


 本当はすぐにでも辺境伯に連れて帰りたかったんだが、

 他家の跡取りでもあったし、

 一応は父親がいるのに無理に引き取ることはできなかったんだ。」


後悔するように謝罪し始めたお祖父様に、慌てて答える。

いくら孫とはいえ、嫁ぎ先の跡取りを引き取るなんて無理な話だ。


「いいえ、お祖父様。

 ジャンやレギラン先生はお祖父様が頼んでくださったのでしょう?

 ありがとうございました。」


「あれくらいしかできなかったんだ。

 オディロンから話を聞いた時は腸が煮えくり返るかと思ったわ。

 …よく離れる決断をしてくれたな。

 もう自由になっていいんだ。好きに生きなさい。」


「お祖父様…ありがとうございます。」


「うん、うん。

 この屋敷はレティシアの実家だ。

 魔獣討伐はあるが、のんびりしていきなさい。

 あとでレティシアの従兄弟たちにも会わせよう。」


「はい。」


屋敷の奥へと案内される時、師匠が手をつないだままだった。

恥ずかしかったけれど、ほんの少しだけ知らない屋敷に入るのは怖かった。

そのうち、ここが実家だと思える日が来るのだろうか。

今はまだそんなことは思えないけれど、師匠と一緒なら大丈夫な気がした。




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