第28話 魔獣討伐

魔術師の塔に来て8か月、

新緑の季節となり暑さを感じ始めていた頃、辺境伯領地からの依頼が来ていた。


「魔獣討伐ですか?」


「ああ。辺境の森に討伐に行くんだ。

 魔獣が増えてきたと思ったら、こうして大規模討伐を行う。

 だいたい2年に一度くらいかな。


 辺境騎士団だけでは手ごわい魔獣もいるから、毎回依頼が来る。

 攻撃魔術が得意な魔術師はもちろん、援護系や治癒系も重宝される。

 レティシアはどちらの役割でも行けると思うが、どうする?」


辺境伯領地の魔獣は身体に電をまとっているもの、毒の塊を吐き出してくるもの、

全身がとげに覆われて剣を通さないもの、様々な魔獣がいる。

厳しい訓練にも耐える辺境伯騎士団だが剣で倒せない魔獣は苦手だという。

そのため、毎回討伐時には魔術師の派遣を要請されるらしい。


塔に来る前には週に三度は魔獣を狩りに行っていたが、ここに来てからは一度も行っていない。

魔術の腕はそれなりに上がった気はするが、実戦という意味では下がったかもしれない。

せっかく師匠から教えられた魔獣の狩りかたを忘れてしまうのは嫌だ。

魔術師の弟子としてはおとなしく後方支援していたほうがいいのかもしれないが、

選ばせてくれるのなら前線に立ちたい。


「そうですね…久しぶりですが、攻撃側で参加させてください。」


「そうだな。そのほうが俺と離れなくていいな。

 行くのは一週間後だから、準備しておいて。

 向こうに行ったら終わるまで十日ほどはかかるから。」


「わかりました。」


辺境伯領地に行ったことは無いけれど、お母様の生まれ育った場所だし、

お祖父様や伯父様たちが住んでいる。

知らなかったけれど、お祖父様が私のためにいろいろとしてくれていた。

魔獣討伐で忙しいかもしれないけど、会えたらお礼を言おうと思った。






辺境伯領地へは師匠の転移ですぐに着いた。

転移し慣れているのは親戚だということもあるのだろうけど、

討伐で来ているだけじゃなく、魔術に使う素材を取りにくることもあるらしい。

着いた場所は辺境伯領地の入り口と言われている丘だった。


「着いたぞ。ここはもう辺境伯領地の中だ。

 ここからなら全体が見渡せる。」


「…ここが辺境伯領地……。」


空気が澄んで、少しだけ冷たく感じた。

ここが少しだけ高地にあるせいかもしれない。

丘の上の見晴らしのいい場所に立つと、そこからは広い街が見えていた。

小さい家が並ぶ場所、羊たちを飼う柵、広い畑。

そこにいる人々が行き交うのが小さく見えた。


初めて訪れる街なのに、なんとなく懐かしさを感じる。


「なぜか懐かしい感じがします。」


「ここ独特の匂いじゃないかな。

 リディア様がいたころは、伯爵家にいろんなものが届いていたはずだ。

 辺境伯領地の匂いも届けていたんだろう。」


「あぁ、そうですね。匂いが懐かしい気がします。」


そうか。この匂いに覚えがある。

お母様のところへ届いた荷物に、この辺境伯領地の匂いがついていたのか。

ここがお母様の産まれた場所。お祖父様たちがいる場所。

人と森と羊とほんの少しスパイスの匂い。

魔獣を食べることが多いから、よくスパイスを使うと聞いた。

だから独特の匂いになるんだろう。


「今日は辺境伯の屋敷に泊まる。」


「えぇ!?」


「お前は前辺境伯の孫という身分なのを忘れたのか?

 帰ってやらなかったら悲しむぞ。」


「…そういえば、そうでした。」


「心配するな。大丈夫だよ。」


「…はい。」


初めて会うお祖父様、伯父様たち、従兄弟たちもいるのだろうか。

一度も会ったことのない私を受け入れてくれるのか不安になる。

うつむいてしまった私を見て、師匠が耳元でささやいた。


「…今、ここで変化したら、

 前辺境伯の目の前で解かなきゃいけなくなるぞ?」


「えっ!」


目の前で!お祖父様の目の前で解くって!

師匠とのくちづけを見られるってこと?無理!

想像したら恥ずかしさで顔が熱くなる。


「すごいな。一瞬で赤くなった。」


「…師匠?からかいました?」


「事実しか言ってないが?」


「……。」


反論もできずだまったら、そのままひょいと縦抱きにされる。

驚いている間もなく、もう一度転移された。

次の瞬間には、もう辺境伯の屋敷の前に降ろされていた。


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