第27話 新しい魔術師

昼休憩を挟み、夕方近くになっていた。

王都の街並みはとうに過ぎ、畑もまばらになり、馬車は森の中を進んだ。


「もうすぐ着くよ。」


「はい。」


それから少しして、馬車は森の中の一軒の前で止まった。

降りると、深い森の匂いがする。

静まっている森の中、浮かび上がるように家の明かりが見えた。



「オディロンだ。」


「あぁ、ようこそ。」


師匠がドアをノックして名前を告げると、すぐに出迎えてくれた。

ドアの向こう側にいた人を見て、思わず名前を呼んでしまう。


「…レギラン先生!」


「……もしかして、レティシア嬢か?」


見覚えのある眉間のしわと低い声、黒いローブ姿もそのままだった。


「とりあえず中に入ってくれ。」


そう言われて中に入ると、ソファへと案内される。

師匠と並んで座ると飲み物を渡された。どうやら温かいココアのようだ。


「森の中は少し冷えるだろう。

 オディロン様には甘いかもしれないが…。」


「かまわないよ。」


「新しい魔術師ってレギラン先生だったのですね。」


「ああ。魔術師の塔から出て独り立ちして、15年かかった。

 レティシア嬢は弟子として塔に入ったんだな。

 塔に入ることは俺の予想通りだったが、

 まさかオディロン様の弟子になるとは思わなかった。

 あぁ、でもそうか。オディロン様と前辺境伯様は親戚だったか。」


「レギラン先生もお祖父様と知り合いなのですか?」


「はは。何も聞かされていなかったんだな。

 あの時、俺は前辺境伯様の依頼で伯爵家に行ったんだ。」


「ええ!?」


驚いていると、師匠が呆れたように説明してくれる。


「魔術師レギランと言えば、魔術具の開発だけでなく、

 視る目を持っていることで有名な魔術師だ。

 その辺にいる令嬢の魔術の先生をするような人じゃないんだ。

 おそらく心配した前辺境伯がレティシアのためにお願いしたんだろう。」


「正解だ。

 離れて暮らす孫が心配だとな。

 おそらく魔力量が多すぎるだろうから、普通の先生では無理だと。

 行ってみたら確かに魔力量は多かったが、魔力操作は完璧だった。

 令嬢があそこまで完璧に使いこなすのには驚いたよ。

 結局、俺が教えることは少なくて、魔術書を渡すくらいしかできなかったけどな。


 そうか。

 あの時言ってた良い師というのはオディロン様のことだったか。」


「そうです。裏山に魔獣を狩りに行ったときに偶然会って、

 それから度々教えてもらっていました。

 でも、魔術師の塔の管理人だというのは知りませんでしたが…。」


あの時に知っていたら、もっと遠慮していたかもしれない。

裏山に行くたびに会っていたけど、魔術師から教えてもらうのは高額だと知って、

あまり会っていることは人に言ってはいけないのだと思っていた。

使い魔を持つようになってから一度だけジャンに聞かれた気がするが、

それ以外には師匠のことを話していなかった。


「教えていたのがオディロン様だというのなら納得だ。

 同じように魔力量が多いオディロン様だからこそ教えられたのだろう。


 あぁ、でも会えてよかった。

 伯爵夫人に追い出されてしまっては屋敷に出入りするわけにもいかなかった。

 あれからどうしているのかと思っていたが、

 レティシア嬢の変化も解けるようになったみたいだな。」


「……レギラン先生もわかってて何も言わなかったのですね。

 私、自分で変化してたの知らなかったんです。」


「あぁ、そうだと思っていたよ。

 あれは変化というよりも擬態だった。

 義理の母と妹たちと同じように見せていたんだろう。」


「擬態ですか?」


「自分を守るために、目立たないように、

 家族の中に溶け込むようにしていた結果、ああなったのだろう。

 私の師匠がそういう子を見たことがあると言っていた。

 幼いうちに引き取られたその子は死ぬまで擬態したままだったそうだ。

 レティシア嬢はちゃんと自分の姿を取り戻せたようで良かったな。

 これで、心配していたことがなくなったよ。」


「いろいろとご心配おかけしていたんですね。

 すみませんでした。」


「いや、俺はほとんど何もできなかった。

 オディロン様がレティシア嬢を救い出したんだろう。

 良かったな?」


「はい。」


本当に。

あのまま世界を知らないまま、自分だけ我慢していればいいと思っていたら、

いつか私は壊れていたかもしれない。


私が思うよりも、ずっと師匠やお祖父様が見ていてくれた。

こうしてレギラン先生も心配してくれていた。

自分だけ頑張ればいいだなんて、周りの優しさに気が付いていなかった。


「さて、魔術師の塔につなげる作業をしようか。

 つなげてしまえば、今度からはいつでも会える。

 ゆっくり話すのはまた今度にしよう。」


「あぁ、そうしよう。」


ココアを飲んだからだけじゃなく、胸があたたかい。

その熱が冷めないまま、二人の後ろをついていった。



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