第26話 遠出

魔術師の塔に来てから、あっという間に半年が過ぎていた。

師匠との生活にも慣れ、魔術師の弟子としての修行を楽しんでいた。


夕食が終わり、お茶の用意をするとソファで師匠とならんで座る。

ここで今日一日のこと、明日の予定を話すのが日課となっていた。

少しでも落ち込むようなことがあれば師匠に甘やかされて、

何度も口づけられるのにも少しずつ慣れてきていた


今日の師匠は誰かから連絡を受けて何か楽しそうだった。

何があったのか気になっていたが、その理由がわかった。


「新しい魔術師を迎えることになった。」


「新たに魔術師の塔に魔術師が増えるのですか?」


「あぁ、19人目の魔術師だ。

 明日、塔に部屋をつなげにその魔術師の家に行くから。

 少し遠出するから用意して。」


「わかりました。」


泊りはしないけれど馬車で王都の外れまで行くと言われ、

次の日は早朝から出かける用意をする。

途中で食べる朝食と昼食、飲み物を用意してバスケットに詰める。

長時間の移動でもあまり肩の凝らないワンピースに着替え、

その上からローブを羽織って準備を終える。


目立つ銀髪はそのままに、隠さないことにした。

もし昔のレティシアを知っている人に会ったとしても、気が付かないはずだ。

それに、お母様の色と一緒だと思い出してからは誇らしい気持ちもあった。

この髪と目が変化で隠れることも、ここしばらくない。

よほどのことがない限り、もう変化するようなことはないと感じていた。



「じゃあ、行こう。」


「はい。」


大抵のところへは転移してしまうので、こうして馬車で移動するのはめずらしい。

初めていく場所だから転移していけないのだろうが、

こうして馬車に乗って師匠とならんで揺られているのもなかなか楽しい。


「馬車に乗るのが楽しそうだな。」


考えていたことを口に出してしまったのかと思った。

面白そうに師匠から言われ、驚きながらも返す。


「あまり馬車に乗ったことが少なくて。

 荷馬車を押して肉屋まで運ぶのはよくしましたけど。

 屋敷には馬車がなかったんですよね…。

 お父様が自分用の馬車を持っていましたけど、領地との行き来に使うので、

 お義母様たちはその都度借り馬車を呼んでいたと思います。」


「あぁ、そうか。

 そういえば伯爵は馬好きだったな。」


「え?」


「馬が好きすぎて、領地経営のことを何も学んでいなかったんだ。

 だが、前の伯爵夫妻が早くに他界してしまって…。

 あせった伯爵がリディア様に求婚したんだ。

 リディア様は前辺境伯の末娘で、大事に育てられていた。

 辺境伯領地から出すつもりが無かったから、領地経営を手伝わせていたんだ。」


「お父様はお母様が領地経営できるから結婚したんですか?」


「そのようだな。

 リディア様は伯爵の頼りないところがいいとか言ってたが。

 辺境伯の屈強な男ばかり見てきたから、ああいう細身の男は新鮮だったんだろう。

 私が領地を経営するから、あなたは馬の世話をしていればいいわって。

 前辺境伯は最後まで反対していたけど、結局は押し切られたんだ。

 リディア様が亡くなってからは、馬の世話どころじゃないだろう。」


「そうだったんですね…だからうちには馬丁も御者もいなかったんですね。

 お父様がそれほど馬好きだったとは知りませんでした。」


「リディア様が生きていたころは、それはそれでうまくいってたんだろう。」


4歳の時に亡くなったお母様との思い出は少ない。

お母様が領地経営を一人でしていたのは知っていた。

「リディア様は領民の生活を守っているのですよ。

 仕事が終わったらお嬢様のところへ戻ってきてくれますからね。」

いつも乳母たちがそう言って慰めてくれてたから。


お母様がいた頃は貧乏伯爵家ではなかった。

それだけお母様の領地経営が優れていたのだと思う。


私には何もしてくれないお父様だったけれど、

お父様は好きな馬の世話だけして生きていたかったのかもしれない。

……そのほんの少しでも私を見てくれたら良かったのに。


とうに捨てたと思っていた伯爵家への気持ちを思い出すのは、

こうして師匠の隣で我慢しないでいられるようになったからかもしれない。

お父様への不満を言うなんて、あの頃は思いもしなかったのだから。

今会ったら、恨み言の一つや二つ、平気でぶつけてしまうかもしれない。




昼休憩を挟み、夕方近くになっていた。

王都の街並みはとうに過ぎ、畑もまばらになり、馬車は森の中を進んだ。


「もうすぐ着くよ。」


「はい。」

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