第24話 貴婦人のお茶会

商会を縮小してすぐの頃、子爵夫人は伯爵家主催のお茶会に呼ばれていた。


子爵夫人のリリアはもとは小さな商会をもつ男爵家の令嬢で、

その商会で働いていたことを評価されて子爵家に嫁いできた。


社交よりも仕事をしてきたため、あまり社交が得意ではなかった。

お茶会や夜会に出席するよりも、商会で汗水流して働くほうが性に合っていた。

そのため、このようなお茶会にもあまり顔を出していなかったのだが、

商会の仕事がうまくいっていない今は、少しでも顔をつなぎたかった。


「お招きいただいてありがとうございます。」


「いいえ、リリア様が落ち込んでいるのではないかと心配になって…。

 少しでも気が紛れたらと思いましたのよ?」


「はぁ…ありがとうございます。」


商会の仕事がうまくいっていないことを知られたのではと不安になったが、

その後に続いたお茶会の出席者たちの話は、それとは全く関係なかった。


「ええ、悔しいとは思いますが、仕方ありませんわ。

 レティシア様は優秀すぎたのです。」


「そうですわ。いくら大きな商会の二男だと言え、

 クラデル侯爵家には敵いませんもの。

 レティシア様を奪われてしまうのも…あきらめたほうがいいですわ。」


レティシア?優秀?奪われる?

夫人たちは何を言っているの?


「そういえば、カリーナ夫人のお嬢様はレティシア様と同学年でしたわよね?」


「ええ、娘からは度々話を聞いていたわ。

 なんでも昼休みや授業後は図書室で領主になる勉強をされていたとかで。

 娘はレティシア様をお茶にお誘いしたかったけれど、

 浮ついた気持ちで邪魔をしてはいけないと声をかけなかったというの。

 今でも時折言っているわ。一度だけでもお誘いすれば良かったって。」


「まぁ、領主になる勉強を。

 そういえば伯爵家の跡継ぎでしたものね。

 でも、こういってはなんですけど、

 あの才能を貧乏伯爵家を建て直すためだけに使うのは惜しいですもの。

 クラデル侯爵家は人を見る目ありますわ。」


「あら、一応は歴史ある伯爵家なのだから言いすぎよ。

 でも、令嬢が最優秀学生に選ばれるのは初めのことらしいわ。

 魔術師の塔の管理人様の婚約者に選ばれるのも当然だわ!」


「…あの、魔術師の塔の管理人様とは?」


話の流れからすると、レティシアは侯爵家の婚約者になったようだ。

だが、魔術師の塔の管理人とはいったい?

おそるおそる聞いてみたら、夫人たちの視線が一斉に集まる。

皆、信じられないといった顔をしているのを見て、

知らないからと素直に聞いたのはまずかったと気が付く。


「すみません…私はあまりものを知らなくて。

 レティシアのことは心配しておりました。

 侯爵家のかたに選ばれたのなら大丈夫だとは思いますが、

 魔術師の塔の管理人様のことは存じ上げなくて…。」


ここは素直に謝ったほうがいいだろうと、そのまま知らなかったことを謝る。

剣呑だった視線が弱まったのを感じたが、憐みの目に変わった気がする。


「いいわ。私が代表して説明するわね。

 クラデル侯爵家というのは、筆頭侯爵家でもあるのだけど、

 公爵家よりも立場は上です。つまり、この国では王族のすぐ下に位置するの。

 なぜ、公爵家ではないのかというと、王族とは婚姻しない家だからよ。」


「王族のすぐ下…それほど高貴な家なのですか。」


「クラデル侯爵家はこの国の貴族でありながら、王家と並ぶほどの権力を持つの。

 でも、魔術師の塔の管理人様はそれよりも身分が上なの。

 魔術師の塔はこの国だけではなく、この世界すべての魔術師の最高位なの。

 各国の王家の依頼は受けても、王命は聞かず、誰の下にもつかない。

 それが魔術師の塔の管理人様なのよ。

 クラデル侯爵家の一族でもっともすぐれた魔術師が管理人様となって、

 二番目の魔術師がクラデル侯爵家の当主となって血をつなぐと言われているわ。」


「……え?」


「つまり、レティシア様はこの世界で一番身分の高い方と婚約したことになるの。

 しかも魔術師の塔の管理人様は政略結婚をすることは無く、

 婚姻相手は自分で選ぶそうなの。

 レティシア様はその才能で選ばれたのよ!」


「……レティシアが……。」


「魔術師の塔の管理人様は結婚するのが当たり前ではないそうだし、

 相手がこの国の者とも決まっていないそうよ。

 レティシア様に子が産まれたら、間違いなく次の管理人となるのでしょうね。」


「レティシア様が二人以上お産みになったとしたら、

 もう一人がクラデル侯爵家の当主にもなるでしょう。」


「ええ、そうでしょう。どれほど優秀なお子が産まれるか…楽しみですわね。

 管理人様の御相手は無理でも、

 クラデル侯爵家の当主の婚約者ならわずかだけど希望があるわ。

 魔力量の多い孫が産まれれば、ですけどね。」


「あら、夢見るだけなら問題ないですわよ?

 みなさまで夢を楽しみましょうよ。」


ふふふと笑いあう夫人たちの中で、ただ一人血の気が引いて倒れそうになった。

もし、レティシアを拒否し、跡継ぎから変えたことが知られてしまったら…。

もう商会などすぐにつぶれてしまうに違いない。


その後、夫人たちが楽しそうにしている会話もほとんど入ってこなかった。

商会に帰った後、夫に打ち明けようとしたが、おそろしくて何も言えなかった。



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