第23話 商会の失敗

レティシアが週に二日ほど働きに出ていた商会のバラケ子爵夫妻は、

フランが言い出した婚約者の変更に当初は良い顔をしなかった。


「フラン、何が不満なんだ。レティシアは真面目でいい子じゃないか。」


「あんな平凡な女がいても役に立たないだろう。

 商会で働くなら、少しでも見た目が良いほうが役に立つ。

 アリスとセシルはふわふわした栗色の髪と大きな目の美人姉妹なんだ。

 その二人が商会で働いてくれたら評判になると思わないか?」


「それは確かにそうなんだが…。

 だが、二人とも娶るというのはどうなんだ?」


「それは俺とレティシアが伯爵家を継いだとしたら、

 あの二人は持参金を持たせて嫁がせなきゃいけない。

 その持参金もうちが出さなきゃいけないんだよ?

 レティシア一人なら金持ちの後妻に嫁がせるから大丈夫だって言ってるし。

 なにより、伯爵家のほうがこの話に乗り気なんだ。

 それなら何も問題ないだろう?」


「伯爵家のほうでそういうのなら…仕方ないか。」


あの真面目なレティシアが金持ちの後妻にいくのかと思うと、

可哀そうな気はしたが、真面目なだけで難しいことは何もできない娘だった。

それでも言われたことには素直に従うことができる気立てのいい娘だ。

後妻にいったとしてもそれなりに可愛がられそうな気もする。


そんなことよりも、フランに言われてみて初めて気が付いたが、

令嬢二人分の持参金ともなればかなりの額が必要になる。

バラケ子爵家が大きな商会を持っていたとしても簡単に払えるようなものじゃない。

それが払わずに済むというのならそのほうがいいという、

商人としての打算が勝ったのだ。



しばらくしてレティシアが家を出たという話をフランから聞いたが、

後妻になるのが嫌だったのならそれも仕方ないと思いながら、

忙しさのあまりレティシアの心配をすることもなかった。


問題が起きたのは、レティシアがいなくなった二月後のことだった。

なぜか商会の仕事がまわらなくなっていた。



仕入れ先から来た荷物がどこに行ったのかわからない、

買い取り先に搬入したはずの品物が届いていないと言われる、

金銭の取引に差額が生じて苦情がきた、

備品が無くなっていたのに誰も補充していない、などなど、

一つずつは些細なことだったのだが、数が多すぎて対処しきれなくなった。

調べてみたら、どの仕事にもレティシアが関わっていた。


レティシアは難しい仕事を一切していないと思っていたから、

わざわざ仕事内容を聞くようなことはしていなかった。

その辺で雑用を手伝っているだけだと思っていたからだった。


だが、その雑用が多岐にわたり、とても一人でこなせる仕事量ではなかった。

レティシアが涼しい顔でこなしていたので、

皆がレティシアは暇だと思って大量に押し付けていた。

レティシアがいなくなっても、その一つ一つは大した仕事ではないため、

代わりのものを配置するようなことはしなかった。


レティシアがぬけた仕事を補うことなく進めようとした結果、

今までと同じようにはうまくいかなくなってしまっていたのだった。


こうなって初めて、レティシアは惜しい人材だったのではないかと思ったが、

もうすでに家を出てしまっているし、婚約者は変更してしまっている。

子爵夫妻はもったいないことをしたと思っても、そのことはフランには伝えなかった。



続いて問題が起きたのは、三月が過ぎた頃だった。

商会の従業員が一人仕事中に倒れた。

商会に入ってまだ半年の若い女性の従業員だった。


慌てて町医者を呼んでみてもらったところ、妊娠四か月だと言われた。

恋人でもいるのかと尋ねたところ、相手はフランだという。


まさか従業員に手を出していたとは。

怒りを抑えながらフランを呼びつけようとした子爵に、

他の従業員からも訴えが上がった。


「あの子はフラン様の恋人じゃありません。私はもう二年もつきあっています!」

「違います、本当の恋人は私です!」

「あなたたちは浮気よ!私は妊娠しているんだから!」


女性従業員たちがつかみ合ってフランの恋人だと口々に訴えているのを見て、

フランが何人にも手を出していることに気が付いた。


仕方なく一人ずつ従業員に聞いたところ、フランの相手は七人もいて、

妊娠してるものも二人判明した。


「わかっていなかったのだと思うが、フランは婿入りする。

 相手の伯爵家では妻を二人持つことになる。

 お前たちが愛人になることはないし、

 婿入りする先に子を引き取って育ててもらうこともできない。

 何しろ、妻になる人が伯爵令嬢だからだ。

 二人もいるのだから、子が生まれないということは無いだろう。

 わざわざ愛人の子を引き取って育てるような必要はない。」


「そんな!」

「私…捨てられるのですか!」


「フランが愛人にしてやると言ったのか?

 さすがにそこまで愚かなことは言わないと思うが?」


騒ぎ出した従業員たちを睨みつけて聞けば、全員が黙った。

やはりフランはすべて遊びのつもりのようだ。


「手切れ金は出してやる。黙って働き続けるなら雇う。

 これ以上フランとの関係を続けるようなら追い出す。

 子がいるものは、三年は雇ってやろう。

 その後は子を連れて出て行け。」


崩れ落ちたものを助けるものはいなかった。

ただでさえ、この騒ぎのせいで仕事が遅れている。

結局五人は手切れ金を受け取って出て行った。

身ごもっている二人は残ったが、

三年は仕事を休んだとしても給金を渡す約束をしている。

やはり二人は仕事には出てこなかった。


七人も急に抜けられてしまった商会はますます仕事が遅れ、

商会を縮小せざるを得なくなってしまった。

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