第20話 生き延びるために

「今まで買ったドレスと宝石はすべて売る。

 …このままなら、この屋敷を売るしかない。

 領地の屋敷に三人を連れて帰る。」


「えぇ!ドレスを売るのは嫌よ!」

「宝石も売っちゃダメ!」


ルリーアはもうあきらめたようにうつむいたが、アリスとセシルが大声で嫌がった。

この期に及んで自分たちのドレスと宝石のほうが大事かと思うが、

やはりまだ深刻さが理解できていない。


「アリス、セシル、このままだと、うちは貴族ではいられなくなる。」


「…どうして?」

「貴族でいられない?」


「金が払えないからだ。

 お前たちが先日頼んだドレス10着分の代金。

 侍女や料理人の給金、退職金、この屋敷の維持費。」


「……今まで大丈夫だったのに?」

「……このままでいればいいんじゃないの?」


「今まではレティシアがいただろう。

 すべての金はレティシアが稼いできていたものだ。

 いなくなった以上、今までと同じような生活は二度とできない。」


どれだけレティシアがつらかったのか、少しだけわかった気がした。

この三人のために働いて頑張っていたのに、少しも理解されていない。

……手紙くらい、ちゃんと読んでやればよかった。


「レティがいなきゃダメなら、連れ戻せばいいじゃない。」

「そうよ。レティがいればいいんでしょう?」


何の罪悪感もなく言う娘たちの言葉に、ルリーアが顔を上げる。

希望を見いだせたような顔しているが、

お前はレティシアを売ろうとしたのを忘れたのか。


なんと愚かな妻だ。

これほどまで愚かな妻だと、もう少し早く気が付いていたら…。

いや、もう後戻りはできない。レティシアは出て行ってしまったのだから。


「それは無理だ。レティシアはもううちの子じゃない。」


「もう一度うちの子にすれば?」

「そうよ。帰って来いって言えばいいでしょう?」


「レティシアは、もうすでに他の家の令嬢になって、

 他の家の婚約者になってしまっている。」


「あなた、それはどういうことですか?」


「お前と再婚する時に取り決めていた。

 レティシアを跡継ぎにしない場合、祖父である前辺境伯が引き取ると。

 レティシアは前辺境伯の孫として婚約した。俺にはもう親権がない。」


「…なんですって?」


「もう、レティシアはクラデル侯爵家の婚約者になってしまっている。

 こちらから連絡を取ることさえできない。」


「…………クラデル侯爵家…嘘でしょう…。」


「しかも、ただのクラデル侯爵家じゃない。

 魔術師の塔の管理人の婚約者だ。」


「………ひぃ…」


さすがに正気を保てなくなったルリーアが血の気を無くして倒れた。

倒れてもソファの上だからと、そのまま放っておく。

気を失ったままのほうが幸せかもしれない。



「お父様、どういうこと?」

「ねぇ、レティはいいところに嫁ぐの?」


まだよくわかっていない娘たちに、理解させるのはあきらめた。


「とてもとても高い身分の方に選ばれたんだ。

 わたしたちはもう二度とお目にかかることはないだろう。

 そのくらい高い身分にレティシアはなったんだ。

 お前たちも妹とはいえ、身分が違いすぎる。


 …ドレスと宝石は売る。わかったな?」


「嫌です!」

「私も嫌!」


「じゃあ、今日の夕食から食事は出ない。

 明日の朝もだ。ずっと食事は無い。

 それでいいな?」


「……それも嫌。」

「……お腹すいちゃう。」


「じゃあ、わがまま言うな。

 ドレスと宝石はもうすぐ業者が引き取りに来る。

 お前たちは終わるまでこの部屋から出ることは許さない。

 もし邪魔をしたら、二人ともすぐに屋敷から出す。いいな。」


「「………。」」



ふてくされた二人をそのままに部屋からでる。

少なくとも家にあるドレスと宝石を売っておけば、少しはなんとかなるだろう。

つい先日10着仕立てたドレスも、

出来上がったら売ることになるだろうが、仕立て代は払わなければいけない。


料理人を辞めさせたら食事に困ることになるが…どうしようもない。

毎日、安い食事を買いに行かなければいけなくなる。

パンとスープだけの食事になるだろうが、三人がわがままを言うのは想像がついた。

自分がこの屋敷にいる間はいいが、ここには馬丁も御者もいない。

食事を買いに行くためだけに使用人を雇うのも無駄が多い。


やはり早めに屋敷を売って、三人を領地に連れて帰らなければいけない。

娘たちは15歳になったら学園に入らなければいけないが、

その時は寮に入ってもらうことにする。


しばらくは婚約者殿とも会えなくはなるが…

そのへんのことも一度子爵家と話し合う必要がありそうだ。


うまくいっていない領地のことだけでも頭が痛いのに、

王都の屋敷でこれほどまで大変なことになっているとは思わなかった。


玄関のベルが鳴ったのが聞こえてそちらに向かう。

もう侍女もいない。すべてを自分でこなさなければいけない。




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