第19話 バルンディ伯爵
妻の部屋に入ると、誰もいなかった。
クローゼットを開けると、見たこともないドレスが大量にある。
…俺が領地に行っている間も、
ルリーアが夜会やお茶会に頻繁に顔を出しているとは聞いていた。
持参金を使ってドレスを仕立てているのだと思っていたのだが…。
続いて娘たちの部屋に入ると、
やはりクローゼットの中はドレスが大量にかけられている。
伯爵令嬢としては異常な量だ。
王家に入ることが決められている公爵令嬢でもこれほど与えられているかどうか。
力なくため息をつきながら談話室へ行くと、
妻と娘たちが楽しそうに夜会に行く相談をしていた。
「そうねぇ…もう婚約したわけだから嫁ぎ先を探すわけではないし、
あなたたちはそれほど行く必要もないのだけど。」
「でも、この家の跡継ぎになったのだから、顔を出すのは必要でしょう?」
「確かに、それもそうだわ。
跡継ぎが交代したのだもの。
他家に挨拶しておくのも大事よね。」
その話自体におかしいところはない。
跡継ぎが交代することになったのなら、他家に挨拶をしておくのは当然のことだ。
だが、家令のジャンからレティシアの話を聞いた今は、
そんなことをすればどうなるか容易に想像できた。
あの優秀なレティシアを追い出して、後妻の娘を跡継ぎにした恥知らず。
誰からもそう思われるのが確実だった。
ため息を隠さずに部屋に入ると、娘たちが笑顔で抱き着いてくる。
「お父様!おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
それを両手で抱き留めながら、二人の娘を見る。
薄茶色のふわふわした髪に、ぱっちりとした大きい茶色の目。
まだ顔の輪郭はふっくらして幼さを残している。
俺にそっくりな二人はそれなりに愛らしい。
令嬢らしくない無邪気な笑い、こうして抱き着いてくるのも、可愛いと思っていたが。
「三人に大事な話がある。」
「大事な話?何ですか?」
「まず、今後三人には勝手に買い物をすることを認めない。」
「「「え?」」」
「もう家には無駄な金どころか、必要な金さえ残っていない。
これを見るんだ。」
何を言っているのかわからないと言った顔の三人に帳面を見せる。
見てもわからないかもしれないが、これを見せないと話が始まらない。
「………偽物でしょうか?」
一番先にルリーアが反応したが、
中身を理解するよりもこの帳面が偽物だと思ったようだ。
この金の流れを数だけで判断したら、偽物だと思うのも無理はない。
「本物だ。お前たちが散在したものをレティシアが支えてくれていた。
どれだけ派手に金を使っていたんだ。呆れて仕方ない。
ルリーアだけじゃなく、アリスとセシルのクローゼットはドレスであふれそうだ。
お前たちは公爵家の令嬢よりもドレスを持っているんだぞ?」
「…え?アリス、セシル?
ドレスはレティシアに止められて仕立てていないんじゃなかったの?」
娘たちの散財を知らなかったのか、ルリーアが二人を責めた。
「…仕立ててないとは言ってないよ?
仕立てるたびに無駄遣いしてって怒るから、勝手に仕立ててた。」
「仕立て屋さんが次はどうしますかって聞きに来るから、
その度にお願いしてただけだよ?」
「……年に20着も仕立てているじゃない!」
帳面で確認したのか、ルリーアが叫ぶ。
だが、そのことの重大さを本当にわかってるのかは疑問だ。
「年に20着、一人でな。二人分だから40着だ。
ルリーアのドレスを合わせたら、年に50着以上仕立てていたことになる。
…公爵家でもこれほど仕立てることは無いだろう。」
「……そんなに…。」
「うちに金が無いのは嫁いできた時にわかっていただろう。
なぜ、私に黙ってドレスを仕立てた?」
「最初は持参金でドレスを仕立ててました…。
そのうち請求が来なくなったので、あなたが払ってくれているのだと…。」
「確認したら、お前の持参金はもう使い果たしているそうだ。
嫁いできて三年目には無くなったらしく、うちに請求書がくるようになった。
レティシアは魔獣を討伐して、その金で支払っていた。
まだ8歳にしかならない、レティシアが一人でだ。」
「まさか!レティシアが!」
「事実だ。この家のすべての金をレティシアが稼いできていた。」
この事の重大さに気が付いたのか、ルリーアが真っ青になっている。
なのに、娘たちはまだきょとんとして理解できないでいた。
この娘たちのほうがレティシアよりも賢いと思っていたとは…。
今さらながら自分の愚かさにすべてを投げ出してしまいたくなる。
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