第18話 気づいても遅い
差し出されたのはこの屋敷の金の流れが記載された帳簿だった。
丁寧に書かれているそれを見て、あきらかに金の流れがおかしいことに気が付く。
「…この支出の多さは何だ!」
「後妻と娘二人の生活費ですよ。
伯爵家が貧乏だと知っているのに、我慢する気が無いのです。
勝手にドレスを仕立て、宝石を買いあさり、高級な菓子を届けさせる。
まるで公爵家のような支出です。」
「こんなの払えるわけないだろう!
まさか辺境伯が払ってくださっていたのか?」
「いえ、レティシア様が何とかしていました。」
「…は?」
「レティシア様が魔獣を討伐し、売り払うことで収入を得ていました。
伯爵様からの生活費は一度も与えられていませんでしたからね。
生きていくために冒険者として活動していたのですよ。」
「レティシアが…本当に?」
「その帳面を見たらさすがに理解できるのでは?
この屋敷はレティシア様一人で支えられていました。
それなのに、誰一人気付こうとせず、レティシア様を罵る。
愚図で平凡で役立たずだから、
金持ちの後妻に売ってしまうつもりでしたよね?」
「ジャンがなぜ、それを?
…もしかして、レティシアはそれで出て行ったのか?」
あのおとなしい娘が急に出ていくとは思えなかった。
たとえ辺境伯がそそのかしたとしても、黙って出ていくことはありえない。
誘拐かもしれないとさえ思っていたのだが、
あの日の会話をレティシアが聞いていたのだとしたら。
「今後のことを伯爵様に相談しようとして、偶然聞いてしまわれたようですよ。
後妻のルリーア様だけでなく、父親である伯爵様にも必要とされていないと。
もうレティシア様は辺境伯の孫として婚約されました。
父親だとしても伯爵様が会うことはできないでしょう。」
「どうしてだ!親権が辺境伯になったとしても、俺は父親だろう?」
「父親らしいこと、何か一つでもしました?」
「……。」
「レティシア様の婚約者はクラデル侯爵家の二男オディロン様です。
魔術師の塔の管理人様です。
もう身分が違いすぎて、会うことはかなわないでしょう。」
「クラデル侯爵家…だと?」
あの名門クラデル侯爵家で、しかも魔術師の塔の管理人がレティシアの婚約者?
嘘だろう…あのおとなしいだけでパッとしなかった娘が。
「あのクラデル侯爵家と婚約できるわけないだろう。
どれだけ辺境伯の力が強くても、あのクラデル侯爵家なんだぞ!?」
「あのクラデル侯爵家と言いますが、
伯爵様はレティシア様の価値を理解できていない。」
「レティシアに価値なんか無いだろう!?
魔獣討伐できたからと言って、それが令嬢としての価値になるというのか?」
冒険者としての価値ならばあるのだろうが、
あのクラデル侯爵家が金に困っているはずがない。
辺境伯ならば強さは必要だろうが、そんなものは令嬢としては必要ない。
見た目も地味で笑うことすらできないレティシアに、
クラデル侯爵家の妻が務まるはずが無かった。
「はぁぁ。呆れます。本当に。
レティシア様は学園を最優秀学生として表彰されて卒業しました。」
「……は?」
「ついでにいえば王宮魔術師からも勧誘され、
王宮から女官として出仕しないかとのお誘いもございました。」
「……うそだろう?」
最優秀学生?王宮魔術師?さらには王宮からの誘い?
それが本当ならば、どこの名家だって欲しがるはずだ。
なのに、どこからもそんな誘いは来なかった。…いや、本当に来なかったのか?
領地の机は元がわからないほど書類と手紙で埋まっている。
もう数年は確認できていない。
「わたくしが代理で卒業式に出席しましたが、
学園長があきれていましたよ。
歴代の最優秀学生の保護者で、出席しなかった親は初めてだと。」
「…知っていたら出席した。」
「レティシア様は手紙を送ってましたよ。
読まなかっただけでは?」
「……知らなかった。」
レティシアからの手紙?そういえば…最初の頃は読んでいたが、
ルリーアとうまくいっていない話ばかりだったから、
そのうち封を切ることもなく放置していた。
あの手紙の中に卒業式の話もあったというのか…。
「レティシア様は優秀で、どこの家からも求められていました。
それが表立っていないのは、もうすでに婚約していたことと、
レティシア様がこの家の跡継ぎだったからです。
いくら優秀でも嫁にもらえないのであれば意味がありませんから。」
「そうか…。」
それほどまでに優秀だった娘を後妻で売ろうとしていたのか。
レティシアが逃げたのも、辺境伯が無断で親権を変えたのも無理はない。
身体の力がぬけて座り込んだら、ジャンが追い打ちをかけてくる。
「あぁ、そうでした。
料理人から食材を買う費用がないと申請が来ています。
仕立て屋からはドレスを10着仕立てた代金の請求が来ています。」
「はぁ?10着!そんなの払えるわけないだろう!!」
「そんなことは知りません。自分の妻に言ってください。
それでは、わたくしはこれで失礼します。」
「あ、おい!ジョン!待ってくれ、頼む!
ジョンならなんとかできるだろう!」
「わたくしはレティシア様と違って、お願いを聞く理由などありません。
ましてや、わたくしの大事なお嬢様を売り飛ばそうとしていたような男を、
助けたいと思うわけないでしょう。では、ごきげんよう。」
ジョンは怒りを隠さないままにっこり笑うと出て行った。
まさか…今までずっとレティシアが屋敷を管理していただなんて。
収入のすべてをレティシアがまかなっていたなんて。
手元に残された帳面を見れば見るほど、
レティシアがこの家を支えていたのがよくわかる。
食材やドレス代だけでなく、侍女や料理人の給金まで。
これほどの金を稼いでくる令嬢が愚図で平凡で役立たずだと?
今まで後妻が言うのをそのまま信じていた自分が愚かだった。
まずはこの事実と向き合わなければいけない。
これ以上の無駄遣いを妻と娘たちにさせないためにも。
侍女と料理人は解雇するしかない。
給金を払う余裕なんてない。
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