第17話 崩壊の始まり
バルンディ伯爵の当主シモンは家令のジャンに呼び出され、
仕方なく屋敷へと戻ってきていた。
呼びに来た使いに緊急の用事だと念を押されていた以上、
面倒だと思っても帰らないわけにはいかない。
前妻のリディアが亡くなってから、屋敷のことはすべてジャンに任せてきた。
ジャンの呼び出しを無視して、やめられてしまっては困ると思った。
「おかえりなさいませ、伯爵様。」
「あぁ、ジャン、緊急だなんてどうしたんだ?
いつも通り、何かあればジャンに任せるよ?」
もし多少困ったことがあっても、ジャンが采配してくれれば間違いない。
少なくとも自分が判断するよりもずっといいと考えている。
そのジャンが緊急で自分と話さなければいけないとはどういうことなんだ?
「…おそらく奥様から報告はされていないと思いますが、
レティシア様が家を出られました。」
「は?どういうことだ?」
「この伯爵家を継がせるのはレティシア様ではなく、
妹様方にすることにしたのでしょう?」
「確かにそれはそうだが、それでもレティシアも伯爵家の娘だ。
しかるべきところに嫁ぐのが貴族の娘の役割だろう。
なぜ逃げだすような愚かな真似を。」
愚図で役に立たないとルリーアが言ってたが、本当だったな。
まさか貴族の娘が家を継げないからと言って逃げだすような真似をするとは。
最後まで何一つ役に立たない娘だったか…。
そう思ってため息をつくと、ジャンから異様な圧を感じた。まるで殺気のような…。
「…ジャン?どうかしたのか?」
「お忘れのようですが…わたくしの雇い主は前辺境伯様です。
レティシア様の祖父である前辺境伯様が雇い主です。
けっして伯爵様ではありません。」
「…っ。」
「伯爵様が再婚される時に取り決めたことをお忘れでしょうか?」
静かに、それでも怒りを抑えているのがわかる口調で、ジャンに問われる。
ルリーアと再婚する時の取り決め…すっかり忘れていた。
確かルリーアとの再婚にはいい顔をされず、
辺境伯から支援を受けていたこともあって条件を取り決めて書面にしていた。
その内容は…レティシアを守るためだと辺境伯は言っていた…。
「もし後妻が生んだのが男子であれば、
レティシア様はすぐさま辺境伯が引き取る。
後妻が生んだのが女子だけで、
レティシア様が跡継ぎとして必要なのであれば、
辺境伯からの支援はそのまま続けられる。
ただ、レティシア様を跡継ぎから外すようなことがあれば、
すぐさま支援を無くしレティシア様の親権は辺境伯様にうつる。
そう取り決めていたことを思い出されましたか?
…今、レティシア様は辺境伯様の後見のもと、
婚約者の方のところへと行かれました。」
「は?婚約者だと?俺は知らないぞ!」
いくらなんでも娘を奪うようにして連れて行くなんて、許されるわけがない。
そう思って叫んだが、シモンはそれには答えず完全に無視された。
「そういうわけで、わたくしもこの屋敷を去ります。」
「ちょっと待て。ジャンがいなくなったらこの屋敷はどうなるんだ。
考え直してくれ。」
「…考え直すも何も、わたくしは伯爵様からお給金をいただいておりません。
一度もです。契約すらしておりません。
それで、どうやって引き留めるおつもりですか?」
「給金を払っていない?」
「ですから、わたくしは前辺境伯様に雇われていると最初に申しました。」
「…そんな。」
この屋敷をずっと管理してたジャンがいなくなってしまえば、どうなるんだ。
俺が領地とこの屋敷を見ることなんて無理だ。
領地でさえ見れなくて困っているというのに。
「それに、この十年ほどは屋敷を管理していたのはレティシア様です。」
「はぁ?」
「わたくしが雇われていたのは、家令としてではなく、
レティシア様に領地経営を教える教師として、です。
その一環として屋敷の管理も教え、任せていました。」
「レティシアがそんなことを?本当に?」
「ええ、今後は大変でしょうね。
この帳面を見てください。」
差し出されたのはこの屋敷の金の流れが記載された帳簿だった。
丁寧に書かれているそれを見て、あきらかに金の流れがおかしいことに気が付く。
「…この支出の多さは何だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。