第16話 バルンディ伯爵家の異変

バルンディ伯爵家からレティシアがいなくなった影響が出始めたのは、

一週間が過ぎた頃だった。


二日前から食事が質素なものに変わり、

今日の夕食でついに肉料理が消えてしまった。

野菜とパンだけの食事に、さすがにルリーア夫人は料理人を呼びつけた。


辺境伯令嬢だった前妻がいた頃は貴族専門の料理人がいたそうだが、

伯爵家の経営がうまくいかなくなり、何度か料理人を変えていると聞いた。

今いる料理人は平民の中でも揉めて追い出されたような料理人だと知って、

ルリーア夫人が直接話すようなことはなかった。


それでも直接文句を言わなければならないと思ったルリーア夫人は、

厳つい風貌の料理人が来るなり怒鳴りつけた。



「なんなの!この食事は!」


「なんなのと言われても無いものは作れねぇ。」


粗暴な見た目のままの喋り口調で料理人はルリーア夫人に言い返した。

そのような口の利き方をされたことのないルリーア夫人は思わず固まってしまう。

料理人はそれを見て、はぁぁとため息をついて説明をした。



「家令には何度か言ったんだがな。

 レティシア様がいなくなった以上、

 食材を買う金をくれないと何も作れなくなるぞと。」


「は?レティシア?」


レティシアがいなくなったことと、料理が作れないことのつながりがわからない。

なぜ今レティシアの名がここで出てくるのか意味が分からずに聞き返すと、

料理人は頭をガリガリとかきながらめんどくさそうに答えた。


「今までレティシア様が裏山で狩りをして、それを肉屋に卸していたんだ。

 肉屋は屋敷で食べる分だけ解体して届けてくれていた。

 残りは買い取ってくれていたから、そのお金で食材や調味料を購入していた。


 だから、狩りをするレティシア様がいなくなれば肉屋は来ないし、

 金が無いから他のものも買えない。」


「…狩り?」


ルリーア夫人はますますわからなくなった。

狩りとは冒険者や狩人がするものではないだろうか。

それをレティシアがしていた?冗談にしても突飛すぎて笑えない。


この料理人の頭がおかしくなったのかと疑い始めたが、

料理人はなおも説明を続けていた。


「今ある食材は、買いだめしていた小麦粉と、畑の野菜だけだ。

 その畑の野菜だってレティシア様が育てていたものだからな。

 今あるものを取りつくしたら終わりだ。


 家令に食材を買う金をくれといったが、この屋敷にはまったく金が無いんだと。

 伯爵様を呼んでいるから、それまで待てと言われた。

 …しばらくはこの料理が続くが、俺に文句を言われても困る。

 ちゃんとしたものが食いたいのなら金を何とかしてくれ。」


そう言い捨てて部屋から出ていこうとする料理人を、

慌てて後ろから呼び止めた。

どうしても理解できない発言を確認したかった。


「ちょっと待ちなさい!

 レティシアが狩りをしていたというのは本気で言っているの?」


「…少なくとも、俺の前の料理人の時もそうだったと聞いた。

 その前の料理人が来た時にも前の料理人から聞いたと。


 レティシア様は幼いころから貧乏な伯爵家を助けるために、

 冒険者ギルドに所属して活動していたそうだ。

 なんでそれを奥様が知らないのかは…まぁ、後妻だからってとこか。」


どうでもいい風に言いながら部屋から出て行った料理人を、

再び呼び止める気にはならなかった。


レティシアが狩りをしていた?

伯爵家でその肉を食べ、そのお金で食材を購入していた?

幼いころからっていつから?


…考えてみたら、嫁いできた当初はもっと質素なものを食べていた気がする。

最初の頃は耐えきれなくて持参金を使って菓子を買いに行かせていた。


それが、いつからかちゃんとした食事が出るようになった。

料理人の話が本当だとしたら、

まだ10歳にもならなかったレティシアが狩りをしていたことになる。



「まさか…ありえないわ。」



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