第15話 バルンディ伯爵家

レティシアが消えたバルンディ家では、

その二日後の昼過ぎまでレティシアの不在に誰も気が付かなかった。


ルリーア夫人がレティシアの見合い話を見繕うために、

レティシアの経歴を聞こうと部屋を訪ねたのだ。


レティシアは学園を卒業している。

なにかしら特記することがあれば、よりいい相手にレティシアを売ることができる。

そう思ったのだが、ルリーア夫人はレティシアのことを何一つ知らない。

正確な誕生日すら知らないのだから、釣書を書こうとしても無理だった。

仕方なくレティシアに聞こうとしたのだが、部屋には誰もいなかった。


レティシアが不在なのは珍しいことでは無い。

侍女がそう言うので後で聞くことにしたのだが、夕食後に訪ねてもおらず、

不審に思って次の日に部屋の中を調べたら手紙が残されていた。


『この家を継ぐ必要が無くなったので、

 平民として生きていきます。レティシア』


手紙を読んで発狂しそうなほど怒ったルリーアだったが、

伯爵はもうすでに領地へ帰っており、相談できるような相手もいない。

イライラしたまま侍女にお茶を淹れるように命じた。



「お母様~新しい服を仕立てに行きましょう?」


「ええ、そうよ。3着は欲しいわ。」


部屋に入ってくるなり、双子の娘はそうおねだりしてくる。

親子とはいえ挨拶もなしに新しい服をねだる娘たちに少し違和感を持ったが、

イライラが抑えられない今、下手に注意したら怒鳴りつけてしまいそうだった。


「急にどうしたの?新しい服を仕立てる?」


自分を落ち着かせるようにゆっくりと問い返すと、娘たちがうれしそうに笑いあう。


「だって、私たちフラン様の婚約者になったのでしょう?」


「そうよ。私たちがこの伯爵家を継ぐのでしょう?」


「だから、フラン様を出迎える時は可愛いと思われたいわ!」


「ええ、今までレティはそんな無駄遣いしちゃダメってずっと言ってたけど、

 私たちがこの家を継ぐのだから、

 もうレティの言うことなんて聞かなくていいでしょう?」


ルリーア夫人は娘たちの言葉にひどく驚いた。


「なんですって!

 レティシアがあなた達の服を仕立てるのを無駄遣いだと言っていたというの?」


貴族令嬢にとってドレスは戦いの場に行く武器であり、自分を守る盾でもある。

それを無駄遣いと言って止めるのなら、

娘たちに結婚相手を探すなと言っているようなものである。

レティシアは愚図でどうしようもない娘だと思ってはいたが、

妹たちにこんな嫌がらせをするとは思っていなかった。


「わかりました。今すぐ仕立て屋に行きましょう。」


「ほんとう!?」


「ありがとう、お母様!」


喜んでいる娘たちに仕立て屋に行く準備をするように言うと、

二人はすぐさま部屋を出て行った。

アリスもセシルも伯爵令嬢としては十分な量のドレスを持っていたのだが、

子供たちの面倒を一切見ていないルリーア夫人にはそれがわからなかった。


御用達の仕立て屋に娘たちを連れて行くと、ドレスを4着ずつ仕立てた。

ついでに自分のドレスも2着仕立てたので、

レティシアがいなくなったことに対するイライラは少しだけおさまっていた。



「レティシアは家を出ました。

 平民になるそうだから、もうあなた達とは他人です。

 もしお金が無くなって帰ってきても、一切助けることのないように。」


一度家を出てしまった貴族令嬢に価値はない。

純潔を疑われてしまえば引き取り先は少なくなる。

あまりにも素行が悪い貴族と縁続きになってしまえば、

何かあった時にこちらにも影響が及んでしまいかねない。


こうなってしまえば、もうレティシアはいないものとしてしまうのが一番だった。


「え?レティいなくなっちゃったの?」


「フラン様が私たちを選んだから?」


一瞬だけ罪悪感で顔を曇らせた二人だったが、それも一瞬だけだった。


「でも、仕方ないよね。レティ可愛くないし。」


「だよね。選んだのはフラン様だもん。仕方ないよね。」


「あ、じゃあ、もういろいろと小言言われなくて済むんだ。」


「え?そうなの?いなくなってくれてよかったね。

 フラン様だって喜んでくれるかも。」


「ふふっ。そうね。」


アリスとセシルはいなくなったレティシアよりも、

これからフラン様と三人で過ごすことに思いをはせていた。

レティシアの婚約者として屋敷に何度か訪れていたフランを、

アリスとセシルはずっとかっこいいと思っていた。


レティがフラン様と婚約するのはレティが跡継ぎだから。

何の取り柄もない可愛くもないレティなのに、ずるいと思っていた。

それなのに、フラン様のほうからアリスとセシルがいいと選んでもらえた。

二人は幸せになることしか考えていなかった。





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