第14話 はじめての

もう無理…と思って止めてもらおうとしたら、その前に師匠の魔力が止まった。


「キツイよな…だが、これじゃ無理か。」


「……他の方法は?」


「あるけど…耐えられるのか?」


「…耐えます。頑張らせてください。」


「わかった。嫌だったら、後でいくらでも怒っていい。」


そう言うと、師匠の手が私の頭の後ろに回った。

そのまま頭を固定されて、師匠の顔が近づいてくる。


「んん!?」


何が起きたのかわからない。

師匠のくちびるが私のくちびるにしっかり重なっている。

少し乾いた師匠のくちびるから熱が伝わってくる。

どうしてと言いかけたら、開けた口の中に舌が入り込んできた。


「ぇ…」


「そのまま力を抜いてて」


身体と口から魔力を流し込まれて、なすすべがなかった。

力が抜けて、師匠の動きにそのまま動かされる。


どのくらいそうしていたのか、

身体の周りから薄いガラスが割れて落ちるような音が聞こえた。

シャリン…シャシャン…シャン

その音が聞こえなくなった時、師匠のくちびるが離れた。


「……大丈夫、じゃなさそうだな。すまん。

 ここまでしないと解術できなかった。」


そうだった…変化を解くためにこんなことに。


「……変化、解けました?」


「ああ。立てるか?」


全く身体に力が入らず、ふるふると顔を小さく振った。

師匠は私を抱きかかえたまま立ち上がると、大きな姿見の前までいく。


そこには師匠に抱きかかえられた銀髪紫目の女の子がいた。

身体が小さく、まだ15歳くらいにしか見えない、儚げな感じの。


「銀髪に紫目は辺境伯令嬢だったリディア様の色と同じだ。」


「お母様と同じ色?」


「ああ。リディア様はたくましい感じだったけどな。」


「お母様に会ったことがあるんですか?」


「やっぱり知らなかったのか。俺とシアは親戚だぞ?」


「え?」


「俺の侯爵家の祖母は前辺境伯の姉だ。

 俺とシアは再従兄弟なんだ。

 だから前辺境伯は俺の大叔父になる。

 シアのことを話し合うのも簡単だったよ。」


「知らなかったです。貴族社会のこと、何も知らなくて。

 お茶会も夜会も一度も行ったことが無かったし、

 学園でも私は平民だと思われたみたいで、

 誰とも話すことなく卒業してしまいました。」


「あぁ、うん。何となくそうかなとは思った。

 クラデル侯爵家の名前を出しても反応が薄かったから、

 普通の侯爵家だと思っているんだろうなって。」


「違うんですか?」


「その辺は後でゆっくり。

 さて、シアが落ち着いたら挨拶に行こうか。

 今、塔には魔術師が18人いる。その弟子は何人だったかな…。

 向こうの都合もあるから、何日かに分けていくことになるが。

 すぐに行けるところは行っておきたい。」


「わかりました。」


師匠は私を抱き上げたまま私の部屋に運ぶと、

「シアの服はクローゼットに用意してある。着替えたら出てきて。」

と言って出て行った。


何とか足に力を入れて立ち上がるとよろめきながらクローゼットにたどり着く。

服を用意してあると言われたので開けてみると、

中には色とりどりのドレスやワンピースがぎっしり詰め込まれている。


あまりのことに驚いてしばし眺めていたけれど、

師匠を待たせていることに気が付き、

慌ててシンプルな薄緑色のワンピースを出して着替えた。


部屋を出て居間に戻ると、師匠から大きな箱を手渡される。

開けてみると、中には紺色のローブが入っていた。


「この塔で紺色のローブを着ることができるのは俺と俺の弟子だけ。

 このローブはシアが俺の弟子だって示すことになる。着てみて。」


「はい!」


うれしい。うれしい。魔術師のローブ。ずっとあこがれだった。

伯爵家を継ぐ身だからと王宮魔術師への誘いを断ったけれど、どこか心残りがあった。

もし自由に職業を選べるとしたら、きっと魔術師を目指したのにって。


紺色のローブは魔獣の糸で作られていて、とても軽く温度を一定に保つものだ。

かなり高級なもので、お義母様のドレス20着は軽く作れそうだ。


ふわりと広げて羽織ると、首から胸のところに結び目が三か所あった。

師匠はゆるめのトグルボタンだけど、私のローブはリボンを結ぶものだった。

三か所のリボンを結ぶと、とても可愛らしいローブに見える。


…魔術師のローブがこんなに可愛くていいの?

さすがに大丈夫かと心配になって師匠を見ると、深くうなずかれた。


「似合うな。普通のローブだと似合わないと思ってこれにした。

 シアのローブだとすぐにわかっていいだろう。」


「服も…ローブも、ありがとうございます。

 でも、こんなにしてもらって…。」


「心配しなくていい。俺の婚約者なら当然持っているものばかりだ。

 申し訳なさそうな顔するなら笑ってくれたほうがいい。

 …シアもあまり笑うことが無いのは知っているから無理はしなくていいけれど。

 そのうち笑顔が見れたら、それでいい。」


「…はい。」


私が笑えないことを師匠はわかってくれている。

だけど、笑えたらいいと初めて思った。


平凡な容姿なのだからせめて愛想よくしなさいと言われていたけれど、

表情が動かなくて少しも笑えなかった。


笑いたい。笑顔でお礼を言いたい。

そう思って顔に力を入れてみたけれど、涙が一粒こぼれただけだった。


師匠はその涙を指で拭うと、「大丈夫だ」と抱きしめてくれた。

こんなにも優しい人に、何を返せるのだろうか。







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