第12話 変化

「私、変化してます?」


「あぁ。」


そんなはずないと思いながら自分の手を確認してみる。

じっと目を凝らしたら、薄い膜のようなものが見える。

あぁ…本当だ。全然気が付いていなかった…。

知らない間に変化していたんだ。

いつから?全く記憶が無いということは、そのくらい昔から?


「解けそうか?」


「…それが、魔術式が見えません。」


通常、変化をかける場合には魔術式を使用している。

解くためにはその魔術式を見つけて解除するのだが…いくら探しても見つからない。

まさか背中側に?その場合、人にかけられたことになるのだけど。


「師匠、もしかして私の背中側にあります?」


「…俺の想像の通りだとしたら、魔術式はない。」


「え?魔術式が無い?ありえるんですか?」


そんな魔術は聞いたことが無い。

だから驚いたのだけど、師匠は額に手を当てて何か悩み始めた。

…おかしなことを言ったつもりは無いのだけど。


「…俺と最初に会った時のこと覚えているか?」


「はい?…多分、8歳の時ですよね。

 夜中に魔獣を捕まえに行ったら、無茶してって怒られた記憶が…。」


「あ、うん、間違ってない。

 なんで8歳の女の子が夜中に魔獣狩ってるんだと思って。

 最初は妖精か精霊の子どもなのかと思ったくらいだ。」


「…確かに怪しすぎますよね。」


最初の頃は裏山で鳥やウサギ、慣れてきてイノシシなんかを捕まえていた。

それを肉屋さんに売って食材を購入していたのだけど、

お義母さまが産後から回復してお茶会に行くようになると、

高額なドレス代が必要になった。


魔獣なら高く買い取ってもらえると聞いて捕まえに行くようになったけど、

さすがに昼間に討伐に行くと、他の冒険者さんたちにじろりと見られる。

こんなガキがうろつくんじゃねぇと怒鳴られたこともあった。


魔獣は夜中でもうろついているし、誰もいない場所で捕まえたほうが楽だ。

横取りされることもないし、いちゃもんもつけられない。


だから、あの日も夜中に魔獣を捕まえに行っていた。


「…お前は、魔術式なしで魔術を使っていた。」


「はい?」


「だから、魔力の塊をそのままぶん投げてたんだよ。魔獣に向かって。」


「私、そんなことしてたんですか!」


「あぁ、普通なら魔力の矢で打つところを、

 お前は魔力の壁を振り回してぶつけていた。

 しかも魔術式なし、純粋な魔力だけでだ。ありえないだろう。」


「…ありえないですね。」


師匠から魔術式を教わった今ならその非常識さがよくわかる。

そんなことをしたら普通の子どもはすぐに魔力切れを起こすだろうし、

一歩間違えれば魔獣の前で気を失いかねない。


「さすがに見過ごせなくて…魔術を教えることにした。」


「…それは…お手数をおかけしました。」


「あまりにも魔力量がすごかったから、貴族の子なのはすぐにわかった。

 妾の子なのかと思ったけどな。あんな風に自由に出歩いているなんて。」


「使用人は侍女が一人だけでしたからね。

 料理人は料理を作るだけですし、家令は何も言いません。

 家令のジャンはお祖父様の部下なんです。

 一応は獣を狩りに行く前に相談しましたけど、

 辺境伯の者は娘でも狩りに行くのはめずらしくない、と言ってました。」


「…まぁ、たしかに。前辺境伯の部下ならそう言うだろう。


 それは置いといて。

 当時、お前はもうすでに変化していたんだ。

 俺が魔術式を教える前から変化していたのだから、

 もしかしたらそれも無意識でやっているのかもしれないと思っていた。

 前辺境伯の指示でやっていたのかもしれないから、確認したんだがな。」


「無意識ですね…おそらく。

 お義母様に怒られないように、目立たないようにと思ってました。

 それが変化していた原因かもしれません。」


「なるほどな。義母か…わがままで我慢できないと有名だな。」


お母様が亡くなって、すぐにお父様は再婚した。

私がまだ4歳だったから母親が必要だろうと。


領地経営を一人でしていたお母様も忙しい方だったけれど、

その時は乳母や侍女たちがいてくれたから寂しくなかった。

だけどお義母様が嫁いできて、すぐに乳母たちは解雇されてしまった。

前妻の使用人なんて置いておけないわと。


それでも、新しくきたお義母様が家族になってくれるんだと信じていた。

初対面で嫌われて、双子が生まれてもお祝いにすら呼んでもらえなくて、

年に数度しか挨拶しないような関係であっても。


伯爵家を継ぐのは自分だから、いつかわかってもらえると思っていた。

私と旦那様が伯爵家を支え、お父様とお義母様の生活を面倒見ていくのだからと。


結局は…何一つわかってもらえなかったけれど。


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