第9話 魔術師の塔

「師匠?」


「飛ぶよ。」


飛ぶと言われて、師匠と転移するのに心を整える。

師匠と一緒に転移して…着いたのは見慣れない場所だった。


暗い中、目を凝らすように辺りを見回したがわからない。

街ではないし、何もないように見えて、だけど何かおかしい。



「師匠、ここは…?」


「ここは魔術師の塔だ。知ってるか?」


「魔術師の塔!」


名前だけは知っている。

この国、いや、世界でも一番の魔術師たちが研究のために住んでいる塔。

選ばれた魔術師だけが部屋を用意され、魔術師同士の交流をする場。

何もない空間に見えるけれど、よく見れば魔力が歪んでいる。


「…これは異空間ですか?」


「あぁ、普通の魔術師なら中に入ることもできない。

 シアなら入れるはずだ。

 …あぁ、中に入る前にこの書類に署名して。」


「え?」


渡された書類を見ると、署名欄が一つだけあいている。

塔に入る申請書かと思ったが、書類に書かれている文章を見ると…

この文面は見覚えがある。相手は違うけれど、一度署名したことがあるからだ。


「師匠…これって、婚約届…ですよね?」


「ああ。この塔には俺の部屋がある。

 だが、同じ部屋に住むことが許されているのは婚約者か妻だけだ。」


「え?私がこの塔に住むために師匠と婚約するんですか?

 弟子じゃダメなんですか?」


「異性の場合は弟子でもダメなんだ。

 性的搾取させないためにも、異性の弟子は普通取らない。

 異性の弟子が認められるのは婚約者の場合だけだ。」


弟子を性的搾取…確かにそういう話は聞いたことがある。

魔術を教える代わりにそういう行為をさせる関係があるというのは。

それを認めないというのは正しいと思う。


「それなら仕方ないですけど…って、

 どうして私の後見人のところにお祖父様の署名が??」


よく見たら私の後見人のところに前辺境伯のお祖父様の署名がされていた。

亡くなったお母様の生家だが、私は一度も行ったことが無い。


もしかしたら産まれた時に会っているのかもしれないけれど、

私には会ったという記憶はない。

それなのに後見人になっているのはどういうことなのだろう?


「いや、貴族の婚約に後見人がいないわけないだろう?

 シアは伯爵令嬢としてじゃなく、辺境伯の孫という立場になっている。」


「師匠…貴族なんですか?」


「あぁ、名乗ってなかったな。オディロン・クラデル。

 この魔術師の塔を管理するクラデル侯爵家の二男だ。

 ここの管理人をしている。」



「…。」


師匠が貴族…知らなかった。けれど、貴族のほうが魔力が発現しやすい。

優れた魔術師である師匠が貴族でもおかしくない。

私が伯爵家のものだと知られないように貴族の話題を避けていたから、

おそらく師匠もわかっていて何も言わなかったんだ。


「ほら、寒いから早く中に入りたい。

 さっさと署名して。」


「この署名をしないと師匠の弟子とは認めてもらえないってことですよね?」


「そうだ。…俺と婚約するのは嫌か?」


「え?」


「令嬢と一緒に住むことになるんだ。

 ちゃんと婚約しておかないとまずいだろう。

 俺が嫌いとかじゃないなら署名しておけ。」


「わかりました。署名します。」


そうか、あの家を出たことで私は貴族じゃなくなると思ってた。

だけどお祖父様の後見のもと、師匠の婚約者として魔術師の塔に入る。

それなら誰も文句が言えなくなる。


…師匠が侯爵家なら、

一緒にいる私が平民になるわけにもいかないんだろう。

形だけの婚約だとしても、師匠が嫌じゃないのかと心配になったが、

そんな感じはなく早く署名するように急かされる。


言われるままに署名して師匠に渡すと、確認してすぐに消える。

どこかに書類だけ転移させて送ったようだ。


「これで問題ない。さぁ、中に入る。ついてこい。」


「はい!」




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