第7話 婚約解消

めずらしく義母に呼ばれたと思ったら、告げられたのは驚く言葉だった。

今のは聞き間違いじゃないかと思い、聞き返してしまう。



「婚約解消ですか?」


「ええ、そうよ。フラン殿がどうしてもレティシアは嫌だって言うの。

 ほら、うちとしては支援してもらう予定だから、向こうには逆らえないわ。」


「私と婚約解消するのに、支援してもらえるのですか?」


私と結婚して、婿としてこの家に入ってもらい、

経済的に支援してもらうための婚約ではなかっただろうか。

婚約解消してしまったら支援は受けられないのが普通だ。


それとも、支援してもいいけど結婚したくないほど嫌われた?


「フラン殿はアリスかセシルと結婚したいんですって。

 なんだったら、両方を奥さんにしてもいいって。」


「両方を!?」


「貴族の結婚なんて、妾がいるのが当たり前でしょう?

 だったら、最初から二人とも妻として置いておくのもいいかもしれないわ?

 アリスとセシルなら喧嘩することもないでしょうし、

 婿入りしてもらうのなら持参金も必要ないもの。

 この家にとっても助かる話だと思って。」


「え?アリスとセシルと結婚するのに婿入りするのですか?」


この家を継ぐのは長女である私だ。

だから私と結婚する人が婿入りしてくるはずなのに、何を言っているの?


「この家を継ぐのもアリスとセシルがするわ。

 あなたじゃなくたって問題ないでしょう?

 だって、フラン殿に婿入りしてもらうのに継がない家に来させるつもり?」


それは…確かにそうかもしれないが。

経済支援してもらうフランに伯爵家を継がない妹と結婚する意味はない。

言われてみれば…確かにそうではあるのだが。


今までずっと自分がこの伯爵家を継ぐのだと思っていた。

だからこそ頑張ってきたのだが…目の前の義母に言っても無駄だと感じた。



「…アリスとセシルがそれで納得するのであればいいと思います。」


「大丈夫よ。二人は一緒にいられるならそれでいいって。

 別々なところに嫁に行くよりもずっといいって言っているわ。」


「わかりました。」


レティシアとしても、フランとはうまくいくと思っていなかった。

商会で働いていても、なんだか邪魔者扱いされているし、

そんな人と結婚してもうまくやる自信なんて無かった。


長女としてこの家を継がなきゃいけないと思っていたから、

この家のお金も何とかしなきゃいけないと思っていたし、

当たり前の礼儀作法も知らない双子の妹の嫁ぎ先も心配していた。


フランと結婚したとしてもその問題は続いていたはずで。

それが一度に解決できたことに、思った以上にすっきりしていた。


「…あぁ、もう。継がなくていいんだ。

 なら、自由にしていいんじゃない。」



その夜、めずらしく父親である伯爵が屋敷に帰ってきたことを知って、

レティシアは執務室へと訪ねていこうとしていた。

これからの人生を自由にさせてもらう許可を取るために。



ドアをノックしようとしたら、中から父と義母が話している声が聞こえる。

どうやら、自分のことを話しているようだ。


「本当にレティシアには困ったものだわ。

 容姿も平凡で愚図で…ほんっと何の役にも立たなくて。

 あれではフラン殿に嫌がられるのも当然だわ。

 …まぁ、それもアリスとセシルが代わりに結婚するからいいけれど。」


「まさか…向こうからそんな申し出が来るとはなぁ。

 そこまでレティシアがダメなんじゃ仕方が無いか…。

 だが、レティシアはどうする?

 もう18歳なのに、今さら婚約者を探すのか?」


「レティシアは持参金のいらないところへ嫁がせましょう。」


「そんなところあるのか?」


「年の離れた貴族の後妻とか、金持ちの妾とかいろいろあるでしょう?

 うまくいけばこちらがお金をもらえるかもしれないわ。」


「本当か?」


「ええ。貧乏でも、あの子も伯爵令嬢ですもの。

 血筋だけは問題ないんですから、

 子を産ませるために欲しがる人はいるはずよ。」


「わかった…そうしよう。」


あぁ、聞かなきゃよかった。

いや、聞いてしまってよかったのかもしれない。


もともと家族としての情はほとんどなかったけれど、

父親さえも自分を必要ないというのなら…これですべて消えた気がする。


そして、その日、レティシアは伯爵家から姿を消した。




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