その228 意地悪な協力者
そうして私、“ゾンビ使い”さんを連れて、東京駅へと向かいます。
赤煉瓦駅舎を眺めつつ、広々とした並木道を進んでいき……以前、リクさんを殺してしまった区域を通り過ぎました。
――そういうこと、あったなぁ。
と、ちょっぴりしみじみ。
地面に染みこんだ血痕が、まだ残ってます。
もちろん、良くないことなのはわかってますよ。
けど、私ったらだんだん、彼の顔すら忘れかけちゃってるんですのよねぇ。
『……おい。なにをしみじみしてる』
「シミジミ? はてさて。なんのことやら」
『おまえ……』
と、“ゾンビ使い”さん、一瞬だけフリーズ。
『いや。……まあ、いい』
うわ。なんかいま、正気を疑われた気がする。
“ゾンビ使い”さんが操っているゾンビって基本的に無表情なのですけれど、その向こう側にいるプレイヤーの「うわぁ……」っていう感じが伝わってきましたの。
うーむ。
好感度がマイナスに振り切ってる人と過ごす時間って、一分が一時間にも感じますわね……。
誰か、かすがいになってくれる人材、ぷりーず。
そうして私たち、正門前に辿り着いて。
現在は、昼日中であることも手伝ってか、扉は大きく、開きっぱなし。
『……ちなみに』
「?」
『――おまえ、“ランダム・エフェクト”にナカマがいるといったな』
「はあ」
『そいつの名前は、なんだ』
はあはあ。この際、情報を聞き出ししたい訳ですわね?
んもー、“ゾンビ使い”さんったら、欲張りだなあ。
そう易々と、情報をくれてやるつもりは……、
「ここの界隈では、“獄卒”って呼ばれてる男の人です」
でも言っちゃう。
そういう話、つい言っちゃうタイプの人なんですの、私。
『ゴクソツ。……やはり、あいつか』
まあ、彼もなんとなく、そのことは推測できてたっぽいですし。
ここで唐突に、過去回想。
▼
「東京駅は、南北に細長くのびた形状をしている。出口は二ツ。東側が八重洲口で、西側が丸の内口だ」
「基本的に、多くの物資は、東側……八重洲口に集まっている。……この、土産物屋のあたりだ。ちなみにこの辺は、しっかりと“プレイヤー”が警備していて、表に出ている配給品をもらうには、ここの住民登録を行った者だけだ」
「外から来た人間が食事したいなら……ここ。東京ラーメンストリートのあたりだ。ここは今も外食屋をやってる。出てくるラーメンは、中央府から仕入れた、本物の中華麺だ。少々値が張るが、かなりうまいぞ」
「地下は基本的に、普通人向けの居住スペースだ。もともとは緊急用に作られた雑な作りだったが、いまはちゃんと防音壁が張り巡らされていて、なかなか上等な住み心地だぞ」
「あ、そうそう。ちゃんと観光客向けのお土産も用意されてる。……昔みたいに、東京ばな奈とかはもうないが――。ほら。ゾンビおにぎりだ。全体的に緑色のやつ。味? うまくはないぞ。細かく刻んだピーマンの炊き込みご飯で、かなり苦い」
「ほら。……ピーマンって、家庭菜園で育てやすいやつだから……」
「――ん? “ソフトクリーム”のことか? よく知ってるな」
「アレは主に、地下で売られてる」
「大抵のプレイヤーはみな、賢いからな。普通人どもと違って、麻薬に手を染めるような真似はしないのさ」
「では次に、私たちプレイヤーの居住区域を案内しよう……」
▼
なーんて。
“獄卒”さんと私の、デートの想い出。
それ以来彼、私に夢中らしくってね。
頼んでもいないのに、あれやこれやと内部情報を漏らしてくれるようになったのでした。
いやはや。モテる女ってお得です。
閑話休題。
そしていま、駅舎の中を二人で歩いている訳ですが……さて。
ここでちょっとした、違和感が一つ。
――なーんか今日、人通り少なくない?
という。
少ない、というか……そもそも皆無なんですけど。
過疎化の波が、東京にも来たってことかしら。
私たち、丸の内口を進んで、真っ直ぐ北へと向かいます。
プレイヤーの居住区は、かつての従業員用のスペース。
ここで彼らは、地下に住んでいる人々にどういう命令を出すか、この街をどのようにして牛耳るか、効率の良いレベル上げ手段、身内同士の戦闘訓練などを行っているらしく。
「いいですか? “ゾンビ使い”さん。――ここは、南北に細長くのびた形状をしています。出口は二ツ。東側が八重洲口で、いま私たちが歩いている西側が丸の内口なのです」
『………………』
「なお、プレイヤーが主に住んでいるのは、八重洲口の方面。セキュリティもばっちり対策された、従業員用のスペースで…………」
『………………』
「それで…………ええと。話、聞いてます?」
『………………』
わおわお。すっごいシカトだ。
私やっぱり、この人と仲良くなるの、無理だと思うんですけどー。
「………………」
『………………』
「………………」
『………………』
「………………ええと」
『………………』
「………その……………」
『………………ヴァアアアアアア…………』
ばああああ?
ゾンビ使いさん、急におかしくなっちゃった?
そう思った、次の瞬間でしたの。
私たちが進む先で、よた、よたと、“ゾンビ”が一匹、こちらに歩いてくるのが見えたのは。
「?????」
その場でしばし、立ち止まり。
そしてふと、気づかされました。
そこに居たのは、一匹だけじゃなくて。
『……………ァアアアアア…………』
『オオ………………オォォォォ…………』
『ギィッ…………ぐぅうううううう』
十匹……いや、二十匹。
それくらいのゾンビたちで、その辺りが溢れかえっているのです。
「…………えーっ、まじ?」
ひくわー。
っていうか……。
「ゾンビ使いさん……ひょっとしてこの状況、気づいてました?」
『ああ』
「んもー。だったら、教えてくださいよぉ」
『きかれなかったからな』
うわーい。
意地悪な協力者だぁ。
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