その227 替え玉

――なーんだ。もっといろいろ聞かれると思って、準備してたのに。

――えーっと、その日も仕事してたっぽい。たぶん。


 などと。

 微妙に危険な言葉選びをする工藤さんに、僕は内心、ヒヤヒヤさせられていた。

 この人わりと、ギリギリな嘘吐くなぁ。


――いや。嘘は吐いてないか。


 人気商売を生業とする人特有の癖なのだろうか。……彼女、偽物の“中村萌子”を演じている間もずっと、真実だけを語っていた。

 ただ、嘘を吐く必要のある話題に触れなかっただけの話だ。


 たぶんその方が、「人を騙している」引け目を感じずに済むからなんだろう。


「さて…………」


 そうして僕は、無線機を手に取る。

 替え玉を演じてくれた工藤さんに、連絡を取るためだ。


「お疲れ様です」

『はい、お疲れー』

「任務中にもかかわらず、ご対応いただいて……ありがとうございました」

『ん。気にしないで。むしろ、『魔性乃家ここ』に根を張ってた甲斐があったよ。……あの娘、やべーヤツの匂いがぷんぷんするもの』


 そうか。

 工藤さんもやはり、そう思ったか。


「ちなみに、本物の中村萌子さんは?」

『私の部屋で、スイーツ食べ放題を楽しんでるよ。一部事情を教えたら、快く予定表も貸してくれたし……ほんと、話せば良い子だったわ』


 なるほど。


「……ちなみに……どうですか? 夢星最歩の印象は」

『どうもこうもない。びっくり』

「……?」

『あの娘、隙があるようで、ぜんぜんなかったもの。ハンパないよ』


 そう、なのか。


 現場に出られない弱味だ。

 そういう、相手が放っている空気感というか、目に見えない気配を読み取ることができない。


『たぶん、私たちがちょっとでもおかしな動きをしたら、すぐ逃げられていたと思う。……ごめんね、うまく気を逸らせば、《隷属》を決められたかもしれないのに』

「……………………」


 それはもともと、期待してなかったが。


 この、工藤という女性は“サンクチュアリ”において、“クドリャフカ”というあだ名で通っている。

 なんでもクドリャフカさんはかつて、舞浜にある巨大遊園地で人気者だったらしい。

 現在は“終わらせるもの”の協力者として、あっちこっちで密偵スパイ任務に就いている。


『先輩の《隷属》さえ決まったら、それでなにもかも解決していたんだろーけどさ。……できなかった。ごめんね?』

「気にしないでください」


 クドリャフカさんの彼氏の能力は、“プレイヤー”を一時的に言いなりにするという強力なものだが……正直、使用するのに必要な前提条件がシビアすぎる。頼りにはできない。


――それに。


 いま僕は……一つの疑念を抱いている。


――ひょっとすると夢星最歩は、“プレイヤー”ではないのかもしれない。もっと何か……得体の知れない、僕たちの知るルール外の存在なのかもしれない。


 という、疑念だ。

 はっきりいって根拠は薄弱だが……何となく、彼女の行動一つ一つが、“プレイヤー”らしくない気がするのだ。


『でも、あんたの考えは、やっぱ正しいね。あの娘、普通じゃないよ』

「やはり、工藤さんもそう思いますか」

『うん。私の正体、《スキル鑑定》を試せば見抜けた可能性もあるのに……。あの娘はそれを、しなかった』

「……………………」


 彼女の言うとおりだ。

 僕も気になっていた。最歩がまるで、《スキル鑑定》を使う気配がないという点。


――先ほど『異世界現地民』にいたときも、そうだった。


 “プレイヤー”同士が出会ったら、まず《スキル鑑定》を使うのが普通だ。

 だが夢星最歩には、それをする気配がない……。


『まあとにかく、私の仕事はここまで。……“勇者”の件、うまくやれたよね?』

「……ええ。いい案配でした」


 多少、無理矢理話題をねじ曲げた感じは否めないが……まあ、最歩は気にしないだろう。そういうとこ鈍そうな感じだ。彼女。


「これで一応、最歩の出方を見守ることができます。……重ね重ね、ありがとうございました。では」

『ん。じゃーねー♪』


 そうして僕は、無線機を机に置く。



『……さて。それじゃ、メインディッシュに向かいましょうか』


 やがて最歩は、僕に向かってそう話しかけてきた。


『メインディッシュ……ハンバーガーダイスキタローか』

「はい」


 正直それは、あまり気が進まない。


 ただでさえ、僕の所属している“サンクチュアリ”と“ランダム・エフェクト”は、一触即発の関係性だ。

 ここで徒らに“プレイヤー”同士で争っていては、やがて訪れる決戦に頭数が足りなくなることも考えられるし。


 ……とはいえ、悪の放逐を後回しにするのも、僕の美学に反することだ。


 殺しの味を覚えた人間は必ず、世界平和の妨げになる。

 仮に“プレイヤー”の力がなくなったとしても……必ず、危険因子として残り続けるはずだ。


『では、行きましょう。――案内して差し上げますよ。私、奴らのアジトに詳しいんです♪』

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