その224 二人目の容疑者

 と、ゆーことでわたくしたち、中村さんのお部屋プレイ・ルームに向かいます。


 案内されるまま、がちゃりとその扉を開いて。


「………………………………」


 全身、拘束された状態で正座している……少々、頭が禿げ上がったおじさまと、目が合いました。


「わっ。……ごめんなさい。お仕事中とは知らず……」


 私、何も見なかったことにして、ゆっくりと扉を閉めようとすると……、


「あっ。俺のことは、置物のように思ってくれ。気にしないでいいよ」


 妙に野太い声で窘められます。


「何もしないで、ただそこにいる。――信じられるかい? たったいまこの瞬間にも、俺は金を払い続けている。これが、放置プレイというやつなんだ」

「は、はあ…………」

「俺はこう見えて、プロの奴隷でね。こうしていると、すごく落ち着くんだ。……時々やってくる、“ご褒美”を待っているとね」

「そ……そうですか」


 関わりたくないなぁ。


 そう思っていると、すぐさま彼の頬に、ご褒美ムチが飛びました。


「あっ…………良いッ」


 無様に床にひっくり返り、びくんびくんと痙攣する“プロの奴隷”さん。

 鞭を振るったのは、灰色に染めたふっさふさのツインテールが特徴的な、やや幼児体型の女性でした。


「べらべらべらべらと……豚はしゃべらないものですよ。先輩」


 彼女、ぴっちぴちのボンテージ服を着ていて、やや私と服装が被っています。


――できればこの人、あんまり活躍しないでほしいな。


 とかそんな、不遜なことを思ったり。


「ええと――あなたが、なかむ――」

「ダメ。こういうとこで、名前は言っちゃダメ」


 ああ、そっか。失礼。

 この手の業界のタブー、なんですのよね。

 以前、アズサさんからそう教えられた気がする。


「私のことはただ、“女王様”と呼んで」

「は、はい……」


 私、とっても素直に頷いて。


「聞いたよ。娼婦殺しの犯人を捜してるんだって?」

「はい。……ちなみに“女王様”、あなたは殺人犯ですか?」

「はははっ。率直に聞くわねぇ。……いいえ。私は殺してないよ。――殺す動機もないし」

「ふむふむ」


 相手の様子と、ゴーキちゃんの反応を伺いつつ。

 今回も、反応なし、と。


「では、ここ三週間での行動を――」


 ……と、そう問いかけた、その時でした。

 “ゾンビ使い”が、私の顔をじっと見つめていることに気づきます。


「――? なにか?」

『…………いや。なにも』


 何いまの、あからさまな伏線みたいなやつ。


 うーん? 何か、勘づいたのかしら。

 よくわからないけど、ちょっぴり不気味。


「えーっと。もういいの?」


 中村さんが、不思議そうな表情で私を覗き見て。


「ええと……では、中村さんのここ三週間の行動、教えていただいてもよろしくて?」

「もちろん」

「三週間前の火曜日。……夜の九時頃、何をしていたかわかります?」

「火曜日? ――んー。どうだっけ」


 そして中村さん、メモ帳をぺらぺら捲って、


「あー。そうだそうだ。この日は出勤だよ」

「それを証明できる人は?」

「いや。――お客を調べれば、証言してくれる人、いるかもだけど。……うちみたいな店って、顧客情報を残しとかないのさ」

「……ふむ。では、一週間前の日曜日は? 同じ時刻です」

「その日は……何も書いてないな。わかんない」


 アリバイなしと。


「一昨日の金曜日は?」

「えーっと、その日も仕事してたっぽい。たぶん」

「……それを、証明できる人は?」

「いない。――ぶっちゃけうちの見世、歩合制だし。休憩時間も好き勝手にとって良いから。抜けだそうと思えば、いつでも抜け出せるのよね」


 わあ。

 ……これ普通なら、第一容疑者ってやつでは?


 ただまー、もし彼女が犯人なら、ゴーキちゃんが何か教えてくれるはず。

 それがないってことは……彼女も人殺しじゃないってことだ。


――それじゃ、この人、ポッと出のモブか。


 内心、ほっと安堵します。

 ピッチリスーツキャラ、被らずに済みそう。


「お時間を取って、申し訳ありませんでした。……続きをお楽しみください」

「あら。そう? これで終わり?」

「はい」

「なーんだ。もっといろいろ聞かれると思って、準備してたのに」

「ああ、そうだったんですか……」


 では雑談がてら、ちょっぴりお話を。


「ちなみに“女王様”は――犯人に心当たりとか、ございますの?」

「いーや、ない。私から“娼婦殺し”に関する情報は、何もない」


 …………。


「けど一つだけ、面白いウワサがある」

「ウワサ?」

「ああ。ひょっとすると、“プレイヤー”全員に関係あるかも知れない話」

「ほう」

「あのね。最近この辺に……出るらしいのよ。――“魔王”が」

「…………ほう」


 私、視線を四方八方に泳がせながら、応えます。


「魔王って言うと……あの?」

「ええ。諸悪の根源。この世にいる、全プレイヤーの標的。世の中をこんな風にした、悪の存在のこと」

「………………ほうほう」

「なんでもそいつ……らしいんだ」

「はえー」


 そうなんだ。そこまでの情報を。


「……ちなみに、そのウワサの出処は?」

「それが、わからないんだよ。友達の友達から聞いた話……って程度」

「ほう」

「でも一つだけ、確定情報もある。――最近、このあたりで“勇者”が動いてるってこと。私、直接みたからね。……あいつ、すごく目立つんだよ。いつも全身、甲冑姿だから」

「へぇ」

「“魔王”が死ねば、このふざけた“ゲーム”も終わるんだろ? だったら近々、この世の中が善くなるきっかけが訪れるかも」

「…………………………」

「“娼婦殺し”がまかり通る世の中なんて、糞くらえだ。どうかしてる。……それもこれも、世界をこんなにした“魔王”のせい」


 ……ふむ。


「ひょっとするとあなた、犯人を捕まえる前に“スキル”がなくなっちゃうかもね。……“勇者”が“魔王”を殺したら、きっとそうなる」

「そうですわね。そーなると、事件解決どころじゃなくなっちゃいます」

「それは、それ。これはこれだ。――“魔王”退治は大事件だけど、あんたの仕事だって、大変なことなんだよ。…………お願い。頑張ってね」

「了解です」


 そこで私、「一応。ついでに」感を出しながら、こう続けました。


「……ちなみにその、“勇者”さん。いまどこに?」

「この見世で泊まってるって話」

「それは、えっちな行為目的で?」

「いんや。彼、セックスはしないんだ。……どうにも奴さん、甲冑を脱ぐのを過剰に恐れてるみたいでね。以前、甲冑を着ていない時に死にかけたらしくて」


 そうして私、頭を下げて……部屋を後にします。

 廊下の先では……黙って様子を伺っていた“ゾンビ使い”さんが、こちらを見つめていました。


 ………………うーん。


 ゴーキちゃんに推されて、ビミョーな協力関係を構築しちゃってますけれど……。

 これやっぱ、マズかったのでは?


 なんだか、妙なヒントをたくさん与えている気がするんですけどー。



 ってことで私、“ゾンビ使い”さんから少し距離を取って。


「ゴーキさん?」

『なんだ?』

「ちなみに、念のため確認。――今の方、“娼婦殺し”の犯人じゃ……」

『ないよ。少なくとも、今回の事件とは無関係そうだ』


 はい、シロ確定、と。

 まあ、元々根拠がある聞き込みではないですし、それもしゃーなし。


 ささっと次行ってみましょう、次。

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