その225 一時の協力
『異世界現地民』を出て。
――いまのとこ、異世界要素、いる?
とか。
そういう感想を覚えつつ。
主な関心事はやはり、目の前の奇妙な少女……夢星最歩に傾注していた。
『……………………ちらっ』
『……………………ちらっ』
『……………………ちらりんっ』
わざわざ擬態語を口に出しつつ、ちらちらとこちらを見てくる彼女は、……どうやら、僕の正体に気づいたらしい。
――なんなんだ、こいつ。
というのが正直な印象。
はっきりいって、気味が悪かった。
夢星最歩は、仲間……夜久銀助さんの命を奪っている。
こちらから歩み寄るような可能性など、万に一つもないというのに。
殺人鬼の思考とは、時にここまで、常人と乖離するものなのだろうか。
――まあ、人殺しという点では……。
僕だってそう、だけれど。
『あのー……ゾンビ使い、さん?』
おずおずと、少女が口を開く。
『ええとぉ。……もし今後、殺し合いをする想定なら、さっさと済ませてしまいたいのですけど』
…………。
こいつ、ぬけぬけと。
『え、だって、そうでございますでしょ。この辺りなら、二次被害もでませんし――』
平気で人を、殺したり。
そのくせ被害を気にしたり。
『おまえは……けっきょく、ナニがしたいんだ?』
率直に、訊ねてみる。
すると彼女は、ニコーっと笑って、
『別に。私はただ、人並みの人生を楽しみたいだけですわ』
……………………。
これは実際、多くの“プレイヤー”の間で議論になっていることだけれど、こういう時に言う“人並み”というのは、どういうレベルの生活環境を差すのだろう。
例えばそれが……“終末”以前の生活レベルを維持したいというのであれば、それはもう“人並み”の生活とは言わない。
特に、僕みたいなオタク気質の人間に言わせれば、かつての生活はまるで、夢幻の時代だったように思う。
いまはもう、新作ゲームの発売日を指折り数えて暮らすあの日々は、永遠に戻ってこない。
人類はいま、2015年までに産み出された娯楽を繰り返しリピートする他にない生活を余儀なくされているのだ。『ワンピース』や『HUNTER×HUNTER』は結局、未完の名作として世に残り続けるだろう。
僕はいま、このように確信している。
――この娘の語る“人並み”は、ごく普通の“プレイヤー”が望んでいるそれとは、まるで違うものだ。
と。
彼女はただ、強いだけの“プレイヤー”ではない。
彼女の戦闘力には――何らかの、強い思想が前提として存在している。
でなければ、あのレベルの境地に達することができる訳がない。
目を細め、しばし、僕の部屋を取り囲むマンガ本を眺めて。
――こいつ……どういうタイプの“
わからん。得体が知れない。
少なくともいま、僕が知る引き出しの中には存在しない“悪”の形だ。
そう思った。
本当はもっと、怒りを露わにすべきなのかもしれない。
仲間を殺された憎悪を、彼女にぶつけてやるべきかもしれない。
だけどいま、それほど強い想いが生まれていないのは、何故だろう。
――彼我の実力差をわかっていて……それが、不毛な行為になることを知っているから?
そうかもしれない。
僕の能力は、戦闘に特化しているわけではない。
むしろそういうのは、“サンクチュアリ”の武闘派に任せた方がいい。
――ふむ。
小さく、嘆息して。
そして僕は、結論を出す。
『いまは、キミとは、やらない』
『あら、そーお?』
『だが、ヤクさんをコロしたオマエを、ゆるしたワケではない』
『……あら、そお』
最歩は、後頭部をぽりぽりと掻く。
『……だが。いまのところ、モクテキはおなじだ。キョウリョクしよう』
『あら』
すると少女は、ちょっぴり嬉しそうにはにかんだ。
『そういう考え方を、できる方ですのね。“ゾンビ使い”さんは』
『ああ』
『では、二人で仲良く、悪者退治に向かいましょう』
『……………………』
僕は返答せず、“W”キー押しっぱなしで前へと進む。
僕が約束したのは、『協力する』ことだけ。
決して『馴れ合う』ことまでは了承していなかったためだ。
▼
それから僕たちは、『魔性乃家』で働くという中村さんの元へ向かうべく、ホテル街を歩く。
『魔性乃家』は、“楼主”という得体の知れない人間が仕切っている、金持ち向けの売春施設である。
優れたサービスと、出所不明の“どくけし”売買で膨れ上がったそのビルはいま、都内に複数のチェーン店が存在しているが――本店であるその雑居ビルは未だにどこか、アングラな雰囲気だ。
なんでも娼婦たちにとってここで働くことは、最大の名誉の一つであるとされている。
妙な話だが、現代において娼婦は、“美しさ”を売り物にするという点において、昔で言うところのアイドルや芸能人に近い、人気商売的な側面を獲得しつつあった。
故に、ここで売り物にされているのは――セックスというより、“疑似恋愛”という側面が強いという。
――まあ、スキルの制約上、僕がこの手の見世に出向くことは永遠に来ないんだろうけど。
二人でエレベーターに乗り……淡々と先へ進んでいく。
『魔性乃家』へと到着すると、ちょうどそこに、掃除機をかけている青年と出くわした。
『あ、最歩さん。お久しぶりじゃないっすか』
『どもっす』
どうやら、夢星最歩の顔見知りらしい。
『そっちの、美人さんは?』
『知り合いです』
『うちで働きたい娘?』
『いいえ。今日は、犯罪の捜査に来ましたの』
『おっ。……ってことは、“娼婦殺し”の?』
『はい』
『助かりますよ。……うちの娘みんな怖がっちゃって。俺、近所の露店の、ちょっとした買い物すらパシらされてる始末なんですから』
『私が来たからにはもう、事件は解決したも同然。すべておまかせあれ』
青年の、乾いた笑い声。
『でも――大丈夫っすか? “サンクチュアリ”とか、“ランダム・エフェクト”とか……そーいう奴らと、いつ出くわすかわかりませんし』
『ふふふ。…………そんな時のために私、このようなものを用意しておりますの』
そうして彼女が取りだしたのは……いつも装着している髑髏の仮面でなく、稲荷神社がやるお祭りとかでよく売られてる、狐面である。
『…………それで、誤魔化せますかね?』
『いけますいけます。よゆー』
すごいな、この娘。
自分以外の人間、みんな馬鹿だと思ってるんじゃないのか。
『それに私――すでに、お友達がいますの』
『お友達?』
『ええ。内通者、とも言う。――ですので私、割と自由に行動してよいワケ』
『マジすか』
さすがだなぁ、と、尊敬の眼差しを向ける青年。
――内通者…………?
首を、傾げる。
いまの……本当か?
――“ランダム・エフェクト”は知らんが……。“サンクチュアリ”にも?
有要だが、……仲間が疑心暗鬼にもなりかねない、危険な情報だ。
やはりこの女、得体が知れないな。
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